神隠し

 あの論実交わした同僚が神隠しにあった。部署ちがう縁ながら、噂ながれ流ると十文太まで至った。痴情もつれるはずみである。債務より、水底から泡の眺めよく沈んでみている。こう至るころだと尾ひれがある。それに感化あった上司まで、昼休憩を削り噂ながしついで、十文太へ探り密語調を耳へしてくる。噂に繋ぐは、同僚、十文太の友好である。友好より探られ、隠れの当人に、近来不審性はどの程あったかとしてくる。好色は陰ながらあったと、十文太いい出し手前やめる。そうやたら沽券潰しを加担すれば、痴情あれ、債務しろ、果て蒸発までしろ、ひとつ友好が傷いり、あとにどう悔いるかはかれない。

 豪放磊落なものだから、あんまり一箱勤めで済々し、古い詩人よなことしてるのでは。と上司にまともで取り合いせず、終わらした。若く独り身が自由で、いろいろ不都合だと、五十の上司が嘆息ひっそりあり、ごま塩頭に撫でをする。撫でる左、薬指へ嵌った銀輪が鈍いとも光は添えている。ふと見る十文太にある指輪とてこの照り具合である。この具合を上司とて気にするらしく、「君、もう何年」と苦笑に哀愁させる。

「八年で」

「末広がる年かな」

「数字うえでは」

「子があるかい」

「いいえ」

「快挙なものだ」

「どこでです」

「私なぞ子があり家族をなした」

「なければ」

「水ものあつかいだったろう」

「気安くないんですか」

「馴染むため、もう知れないさ」

 ここで上司は辛気臭くしたを悟る。努め顔色おだやか上塗り、哀愁潰ってなんでも円満がいい、三行半は横行する当世とて、君とこ末広がりだ、子でも持てばより円満する。そう返済に足しない激励おき、去る。

 易には感化受けずながら、八の数から無意に脳を圧される。仕事もどり、明日また暇曜日の思うと、時計針、三本のさまざま進むが浮かばれる。あとは数字へ目通し、眉間狭いなか皺濃く、めくる大小区別ない紙片つれづれ流れる。

 黄昏へおわり、神隠しが警察沙汰まで展開したとのうわさは、否応なく聞きかじらされた。

 むやみ圧してくる八には、帰宅路から意が後付いてくる。不通に遠ざかり八年である。これからとすればまた途方ない。近いながら離ればなれ、水ものとて馴れが起こるだろうか。ともかく帰ろうと打ち切ったらば、自前への言い訳めいた。

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