めおと茶碗
目なら数列に濁される。濁りの払いに瞼をする。さら瞼越し指に擦らし、なお数列が目より解けない。解けないなり捨て置き、満載し揺れる電車へ、無体と詰まる。無体たる十文太が焼けている空色にぼうぅとなる。やがて眩しさを酷映せば、俯く。
帰宅に、妻がおかえりと、配膳する片手間らしく挨拶であった。背広は預かられた。緩むネクタイだと息通り易くなる効能がした。ふたり分ある食膳で、片方へ十文太つくなり、妻ふたりの白飯よそったのを配してくる。それから対面へついてくる。ここまで妻と目交ぜなく、数列よごれ、目まい沈む瞳の努めて上向きし、「あ」と出し抜け思いだしたらしい演じをする。妻とは、ようやっと目合う。ただ「あ」のうち含まれるものからっぽとし、続けるものはよりない。妻いぶかしく二の句をまってくれる。待った甲斐なしではいけないと、せっかく合う目まで逸らせ泳がし、十文太でっちあげ急造へ注力する。
注力が果て、同僚がした夫婦論実談は口つく。しかじか筋立て語り聞かし、妻があなた、どうなのです、と白飯へ伸びた箸の引かれきっぱり揃えられるに、妻たじろがない真面目であった。十文太ほうは、茶碗、箸の浮かすまま、また言を焦慮し不体裁した。しかしあんまり空気丈ふるまうは、真面目をいなす不誠実だと心得し、いとも正直になる。
「どうとはなにが」
「私たち」
「夫婦体が旧態だろ」
「それはだれの迷惑ですか」
「俺なら困りはない」
「私とてです」
「ほんとうで」
「些細はあります」
「ならば」
背の筋は芯通り、妻が膝手の添え、挟むことばまで厳かながら力籠る。
「人情など常が些細こまるもの」
「あぁ、うん」
籠るものへ押される十文太よわるに返事尻はすぼむ。
「夫婦なるといっそう」
「ふぅん」
「これいちいちに掻い摘むと、つがう情は芽もでません」
「しかし旧態だよ」
「時代思潮を笠し夫婦やっているんでないんです」
説教めき、追及に塞がれると逃げ口は、もろ手に宙ぶらな飯である。一口し温く、ほどよく柔さがある。嚙み砕しやすい、喉奥へさっさ通ってしまう。
妻ほう箸もちなおし、こちらも飯へ伸ばしつ治まりたてな調子をする。
「私たちとは出会いから旧態でありませんか」
「見合いだと旧態か」
「今流なら、個々へもう多少意志力が求められますよ」
「いくら俺ながら、ある意志もあった」
一矢報うつもり要らぬ意地が十文太のどこからかでるも、飯ちいさく含む妻とはなんら威を感じない風している。
「私が縁者いうまま流されたものです」
「俺とて違いないが、いい加減ではないよ」
「私とてです」
「そうだろうか」
「またこれ不通ですよ」
そのまま言途切れ、黙々のうち箸がそれぞれ皿をつつく、挟む。食べものない食器が先済ました妻から横取られ、台所は迫る打音の発ててくる。発てられるに、十文太が、そうだろうかと思い返し、やはり真意みぬけない。見抜けぬ音の意から退散するため、ごちそうさまとすれば、えぇ、と打音あいまからあった。
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