椿の冷たさ

 食器ら打音しあい、これから追い出されるよに洗いだちな寒い肌着し、温い上着のかぶれば、暇にぶらつくさ、と妻へ遁辞こたえ耳されまいが、外出向く。

 葉を尽き、隙まみれたる木々が、順よく並ぶ街道である。少ない枯れ葉の舞うを合図と、寒気が押し寄せ、首が襟へなくなる。さらもろ手の上着に隠し、宛てなく歩け、同じ様の行き交うがある。冬将軍とは、これだけ馘首たらしめるため、きっと出世路あかるかろう。その武勲、肥やしとされかねない十文太が、白息たましいらしく吐いてみる。

 またしばらく無為、進みもういくら吐けど白がないころ、行き交えと表せるほど数はなく、木々が断たれ、低し家並みへ代わる。並びが備える窓、暗いに湛える。

 角ある植込みだと椿が深紅で花していた。濃く緑葉し、そこからやけ魅せるよう乱れ咲くため、しつこく屈託がする。そういう間で、ほのか赤みさす頬よな色した蕾が膨れてある。この奥ゆかしくあるが、屈託へ宥めされ、慰む。

 細かな和やかさの発露から停立さされていると電話がある。これが昵懇ある同僚からである。出れば、暇の図星を射られる。射たことを勝つ鬨よに掲げてくれば、この与一はいけ図々で、このすこしあとある時間をいい、場所があり、従うなら飯の奢りをすると持ち掛けるなり、返事待ちしず通信は切れる。

 あまり量ない朝食とて胃をまだ五分ほど詰めている。こちらからまたかけ、拒む返事を続けようかとするも、暇は余し、またあの友人こばむほどやかましい。角おい込み、ひとつきりある出口は首肯で蓋される。よって拒むに徒労し、報いなく、順じては正しからずけだし適当がある。

 待ち合う折まで徒然を埋めるらしく足取る。埋めゆけば、持ちかけされている場所がある。時の埋まりとて具合がいい。

 入る喫茶なかこちら見かけた同僚の手ぶり、呼び声ほかが静か、どこかグラスの氷らひびし歪むと、寸刻、寒とひとつ鳴る。

 座れば、同僚に見合う。いくらの奢ろうと作りいい笑みがされてくる。十文太では面がなにを作るでない。ただ向かい作りからいよいよ胡散臭いため、本意うごかした眉間が、窮屈する。口ぶりまで窮屈しだし、ではふたり珈琲だと、早く待ちくたびれる同僚がもう店員、呼ぶ。注文までしている。店員が帰されてしまい、差し向かい同僚が煥発と弁を一辺倒にすれば、する題目より時事あまり、十文太の挟める相づつ、数、尺とも向かいへ逆比し漸次に少々してゆく。

「長く婚姻いかがか、君」

「どうだろう」

「幸とはひけらかせばいい」

「幸あればしたい」

「贅沢があるようだ」

「そうか」

「毎度、朝、夜を食膳に待たれている」

「そうとも」

「角、隙は埃の白を見ない」

「うん」

「服、しわ寄せ付けず、さっぱりに吊り下がる」

「あぁ」

「僕の夢なる筋書きへ、君は出ずっぱるのだ」

「はぁ」

「まさしく妻と称せる女をし、なお生活が不足するか」

 ほぉ、とすれば湯気たなびく珈琲のもたらされ、弁舌に中断がある。ふたり苦く含めば、十文太おもむろく憤心ふつふつとしてくる。口数は重たいながら、この心ゆえ増える。同僚方だと、増加を触発に、舌の潤滑とまくしたてる。

「独身する君でわからない」

「この身上からわかるんである」

「妻が品書きにない。君の論では妻を品書き、注文し持ち物ようするものだろ」

「うん、言いぐさ角あるが、おおよそ僕がした論だ」

「止すことだな。あまり因習めく悪論だから」

「論じ実ない僕と、論ぜず実する君であろう」

 ふたたび含む苦さが舌で長に残る。同僚がこの向かいある挙動から、持たれるカップの糸底を机着くまで得意しずか見守る。見守り終われば、苦味はいかがかとしてくる。よく来るからとの答え、口数は冷めきり、もう重たさしかしず舌ではただ苦い。

 十文太ひとり窮鼠体へしておき、同僚の厚顔がなおおさまりない。口論よか実際もちいる君を奢ったは後学であるとしてくる。それで本題らしく、独身を退役する契機が近況はなはだしく起こっている、これにおける配慮いかようか、実際家より後学する学費に、奢るのだとする。そちらでは珈琲が関山だと、追い打ってくる。

 同僚は湯気立たないまで空にし、十文太なら関山おごられた半分と干せず、そのくせ湯気せず狭い黒した水面で澄ましておく。店出れば、同僚さっさ行ってしまう。あの気休まらない心胆にあり闊達があるは、まだ独身然の味わいが思われる。

 あれを退役するなら、彼が論じ実するものとなるだろうか、十文太が考慮ある。けれどなり得なく、十文太におなじ論ぜず実するところへ始末される。そう片されないなら、論じ実ないひとりである。

 それで十文太が、こう虚しく寒空へほうり出されていると、だれとて通じえないまたひとりであり、埋まりきらない余白がする休日うえぽつねんされていた。帰る際をあの椿があった。うちよく広がる一輪へと季節ちがいな蜜蜂ひとつ深いっている。ほどよしつぼみはなにをか固く籠めるらしくも柔和まるい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る