第三節 離したい距離

第65話 個別面談

『突然のお電話すみません。雛沢ひなざわさんのお宅でお間違いないでしょうか。わたくし、心奏かなで君の担任を務めております、義弘よしひろと申します』


 ゴールデンウィーク最終日の朝食後、かかってきたのはそんな電話だった。

 普段は部屋にいる時間だが、偶然リビングに居合わせたためにとった受話器から流れて来たのは心奏かなでの担任、義弘先生の声だった。


「はい、そうです」

『あ、その声は心奏かなで君ですね。手間が省けてよかったです』


 義弘先生は少し嬉しそうにそう言った。

 どうやら先生とはいえ親と話すのは気が引けるものらしい。


「先生から電話なんて珍しいですね。どうかしたんですか?」

『いえ、そんなに大それたお話しではないのですが。これから、先生とデートしませんか?』

「はい? 成人による未成年との不順異性交遊は犯罪ですよね?」

『そんなつもりはありませんよ!? 冗談のつもりだったんです!』


 悪戯っぽい笑みを漏らしていた義弘先生は一気に焦りの声音へ変えた。

 電話の向こう側からかなり物々しい音が響いたが、大丈夫だろうか。


『め、面談、面談です! この前のこともあるので、また少しお話を伺いたくて』

「ああ、そういうことですか。えっと、学校に行けばいいですかね?」

『それでもいいですが、もしよろしければ心奏かなで 君の部屋が見てみたいです。あれですね、家庭訪問ってやつです』


 憧れていたんです、と先生は言う。

 確かに高校になってから家庭訪問は無かった。県外から通っている生徒もいる中なので、当然と言えば当然だ。

 なるほど、家庭訪問か。となると……


 ダイニングテーブルの上で寛ぐ心羽みう心梛ここなを見る。

 先程からチラチラとこちらの様子を伺っているのは普段電話なんてしないやつが長々と電話をしているからだろう。もしかすると詐欺の心配でもしているのかもしれない。


「なあ二人とも、これから人が来るかもしれないんだが、いいか?」


 先生にことわり、受話器を遠ざけて二人に訪ねる。


「ん? 誰が来るの?」

「もしかしてこの前の……もうお家デート。私と同じ、お家デート」

「あー、心梛ここなのことは気にしないでいいわ。あんたの部屋でなら好きにして頂戴」

「分かった、そうする」


 最近、心梛ここなの発作が激しくなっている気がするけど、大丈夫だろうか。

 まあ心羽みうが大丈夫と言っているし大丈夫か。


「先生、大丈夫そうですのでご都合のいい時間でいらしてください」

『えっと、本当に大丈夫です? なんかひと悶着ありませんでした?』

「いえ、無いので大丈夫です」

『そ、そうなんですね。なら、午後一番にお伺いします』

「分かりました、お昼ご飯を食べて待ってますね」

『はいっ! よろしくお願いします!』


 語尾が跳ねてる。どうやらとても上機嫌らしい。


「では、失礼しますね」

『はいっ! 失礼しますっ!』


 通話を切り、受話器を置く。


 ……それじゃあ、準備するか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る