第64話 恋煩い?

 昨日から、心奏かなで心春こはると付き合い始めた。

 お互い認め合ってのことで、傍から見たらおめでたい一幕だったのだろうと思う。


「付き合うって、こういうことなのか」


 ベッドの上で心奏かなでは一人呟く。あまりに実感のない出来事に、昨日からあれは夢じゃないのかと思うばかり。他に何もする気が湧かないくらいに頭を支配されている。

 

「俺、心春こはるが好き、なんだろうか」


 正直分からない。

 好きかどうかを自覚する術がない。だって人を好きになった試しがない。何が好きなのかも分からない。

 小説の主人公に感情移入することは出来ても、主人公の感情を真似したりお手本にすることは出来ない。皆はどうやって好きなんて感情を知るんだろうと、どこぞのSF作品に出てくるAIのようなことを考え続けること、数時間。


 時刻はとっくにお昼だった。


「なんか食うか」


 実は朝ご飯も食べていない。昨日お寿司を食べてからどうにも食欲がない。厳密には心春こはると別れてからか。あの時はまだ、デザートにアイスをもう一つ食べたいと思えるだけの食欲があったからな。

 

 階段を下ってリビングに行くと、ちょうど心羽みうが昼食を食べ終わるところだった。


「あら心奏かなで、かなり遅い起床ね」

「一応、起きてはいたんだけどな」

「そうだったの? まあいいわ、何か食べる? 冷凍食品でよかったら用意するわよ」

「いいのか? 自分でもできるけど」

「いいわよ、たまにはね」

「じゃあ、お願いする」

「ええ」


 珍しいな。


 どこか感じる居心地を悪さを引きずりながら、ダイニングテーブルに座る。

 何をして時間を潰そうかと考えていると、冷凍庫の中を覗きながら心羽みうが話し掛けてくる。


「それで? 昨日は結局どうだったのよ。カフェを出た後は流石についていけなかったし」

「……言わなきゃいけないのか?」

「ん? 行けないなんてことはないけど。なに、話したくないようなことでもあったの?」


 心羽みうはニヤついた笑みを浮かべた。

 そのことに軽くムカっときながらも、まあ話して恥ずかしいこともやばいことも無いかと思い直す。


「一緒にご飯食べて帰って来ただけだよ」

「ふーん、その割には遅かったじゃない」

「駅まで見送ったからな」

「なるほどねぇ。確かに、よくあるデートって感じだわ」

「……」


 よくある、デート。

 やはりあれは一般的な恋人のやるデートと言うものだったのだろうか。


 今まで知ろうともしてこなかった。小説の中でのデートなら何度も読んだことがあったけど、あれがフィクションという線も消し切れないでいた。だからこそデートについての知識は全くないも同然だったのだけれど、小説の中と大差はなかったようだ。

 最近は心音ここねとの会話の中で自分の常識の無さを痛感していたところだったので一安心だ。


「まあ、精々青春を満喫しなさい。私も、あんたが普通の高校生に近づいているみたいで安心したわよ」

「普通って……人が異質みたいに言うんじゃない」

「そうでしょうが」

「いやまあ、否定はできないけど」


 でしょ? なんて言って笑う心羽みうを見ていれば、何も間違ったことはしていないんだって思ってしまうけど。

 本当に良かったのか、まだ迷っているところがある。


 心春こはると一緒に居ると楽しいというのは本当だが、それが好きかどうかも分からない。そんな曖昧な感覚のままで心春こはると付き合うことは不誠実ではないのか。

 心奏かなでは、そんな恋煩いに侵されていた。

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