第62話 周囲の人々

 心春こはるが立ち去った直後、心奏かなで心羽みうの正面に座っていた。

 ちなみに心梛ここなは白目をむいて気絶していた。割と普段の光景なので放っておく。


「俺、どうしたらいいだろうか」

「そんなのあんたの好きにしなさいよ……」


 呆れ気味に言った心羽みうは、ジュースに口を付けてから心奏かなでから視線を逸らす。


「私はね、出会って早々に付き合って欲しいなんて言ってくるやつ、大抵詐欺師だと思っているわ」

「ひっどい偏見だ」

「でもね、あんたが騙されてもいいって思うなら、それもまたいいことだと思うの。だってそうでしょう? 人は失敗から学ぶものよ」

「失敗を前提で語るな……」


 って、待てよ?


「なんだ心羽みう、否定はしないんだな」

「ええ、もちろんよ。最後に洗濯するのはあんただもの」


 正直意外だった。てっきり苦言を呈されるか、真っ向から否定されるかのどちらかかと思った。いや、苦言を呈されてはいるのだろうか。だとしても、心羽みうなりに応援してくれていることに違いは無いのだろう。


「そう、だな。何事も経験だもんな。なんだかんだ言って心春こはる、ああ、あの子は心春こはるって言うんだが、付き合いも長いからな。真剣に考えてみる」

「ええ、そうしなさい。私と……心梛ここなのことは気にしなくてもいいわ」

心奏かなで君に彼女……お付き合い……まだちょっとしか会ったこと無いのに……」

「ほ、本当に大丈夫か? うわ言を言い始めたけど……」

「重症だけど、大丈夫よ」


 言い淀みながらなのは、普段に増して様子がおかしいことを心羽みうも認めているからだろう。時々心梛ここなに起こるこの発作は病気ではないのだろうか。病院は必要ないと何度も言われているのだが、流石に心配になって来た。


「まあただ、ちょっと心配なこともあるわね」


 心梛ここなを心配していると、心羽みうはあまり心配していなさそうな様子で言う。


「まだ噂は消えてないでしょ? それが加速してもいいのかって話よ」

「ああ、その事か。いや、それに関しては俺よりも心羽みうだろ? 心羽みうはいいのかよ」

「何でよ、当事者はあんたでしょ?」


 心羽みう普段、こんなに食い下がってくることはない。それなのに今回諦めが悪いのは、きっと噂の原因が自分だと、まだ思っているからだろう。その事に責任を感じてしまっているのかもしれない。


 もしそうなのだとしたら、俺は俺なりの責任を取ろうと思う。と言っても、大したことは出来ないんだけどな。精々が俺は大丈夫だと力説してやることくらい。


「なあ心羽みう、小学生の頃、俺がものおじもせずに先生に質問ばかりしていたのを覚えているか?」

「藪から棒に何よ。覚えてるけど」

「あれってさ、なんでだったと思う?」

「本当に急な話ね。でも、どうしてかしら。当時は勉強に意欲があった、ってわけでもないでしょうし」

「実に簡単な話だ。あの頃の俺は好奇心を隠そうとしていなかった」

「好奇心を? でも、それが何だって言うのよ」


 好奇心。それは理性で抑えるのが難しい欲求の一つだ。知りたい、やってみたい、見てみたい。そういう子ども心の権化を心奏かなでは持て余していた。


「俺にとって気になることは探求の対象だ。物欲は壊滅的に無い俺だが、知的欲求は人並み以上にあると思っている。今の時代、誰に迷惑をかけるでもなく満たせるからな。でも、当時の俺はどうだろう。調べ物をする手段も知らず、先生に聞くことしか出来なかった。授業中気になったことがあればその度先生に質問していたのを、心羽みうも覚えてたんだろ?」

「そうね。今じゃ全く考えられないけど」

「そこだよ、そこ」

「いや、どこよ」


 勿体ぶるんじゃないわよ、とイラつきながらに訪ねてくる心羽みうの表情を見ていると、もっと勿体ぶってやろうかという衝動に駆られる。それを何とか堪え、心奏かなでは人差し指をぴんと伸ばす。


「今は別の方法で欲求を満たせるからしていないだけで、俺は授業中だろうが気になることがあったら質問をするはずだ。それは何故か。一言で言えば、俺は基本的に周囲の人間をいないものだと認識しているから」

「いないものって……あんた、コミュ障ここに極まりな発言止めなさいよ」

「うっさい。いいか? つまり、だ。俺にとって噂なんて無いようなものって話だよ。まったく気にしてない、それを伝えたかっただけ」


 端的に言ってもよかったのかもしれないけど、出来るだけ心羽みうを安心させてやりたかった。その一心でのこれまでの会話の意図を、心羽みうも理解したのだろう。半笑いでため息をついて頷く。


「そう。なら、私も気にしないわ。あんたの好きにしなさい」


 そして、何様だと言いたくなるような上から目線でそういった。

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