第61話 お付き合い

「カナデ、私の彼氏になってよ」


 それは、相談というにはあまりに一方的な物言いだった。

 

 ただ不快感は湧いてこなかった。確かに穏やかな口ぶりではなかったが、代わりに心春こはるは顔を真っ赤にさせて恥ずかしがっている様子だった。

 ヒロインたちの告白シーンを思い出した心奏かなでは、どこか感動を覚えていた。


 なるほどな、告白される主人公って言うのはこんな気分だったのか。いやぁ、いい体験が出来た。あれ、これVRかなんかだったよな。どうやって電源切るんだっけ。おかしいな、コンソール画面が出てこない。まさか、電脳世界から出られなくなった!? この世界で死んだら現実でも死ぬのか!?


 同時に現実逃避していた。


「ちょ、心梛ここな!? お、落ち着きなさい! とりあえずフォークを置いて! 折れ曲がってるから! それお店のだから!」


 何やら背後が騒がしいが、そんなことを気にしている暇はない。


「え、いや、ちょっと待て。聞き間違いかな。俺、付き合ってって」

「言った」

「本気か? いや、マジなのか?」

「本気だよ。なに、私がこんな嘘つくと思ってるの?」

「思わないけど……」


 思わないからこそ動揺しているのだ。スプリングは性格的に嘘が嫌いだ。冗談が通じなかったり、嘘を付かれるのが嫌と言うわけではない。ただ、自分で嘘をついてくることはほとんどない。それこそよっぽど機嫌がいい時でもないと言わないだろう。

 ということは本気だ。本気で、そんなことを言っている。


 あまりに脈略がなさ過ぎる。そもそもまだそんなに仲もよくないだろう。現実で会うのも二回目だ。それっておかしいことじゃないのか? いや、出会い系サイトなんてものがある時代だし、さして珍しいことでもないのだろうか。


 じゃない。そもそも、どうして俺なんだ?


「理由を聞いてもいいか?」

「んー? 特にない。ただ、そうしたいなって思っただけ。それじゃ駄目?」

「駄目ってことは無い、けど。いきなりのこと過ぎて理解が追い付かないんだが。本当に俺でいいのか?」


 心奏かなでは人間としてあまりに未熟すぎる。言ってしまえば不完全で、言ってしまえば不良品だ。そんなものを好き込んで彼氏にしたがるなんてよっぽどの物好き以外はあり得ない。

 というか正直、物好きでもあり得ないと思っていた。


「いいもなにも、他に候補がいないんだよ。私には選ぶ権利がないってわけ」

「嫌々ってことか……」

「別に? 選ぶ権利がないって言っても、そもそも選ばないって選択肢だけはあるから。でも彼氏を望んだ。何が言いたいかって言えば、カナデだからいいんだよ」

「……言ってて恥ずかしくないのか?」

「めっちゃハズイ」


 コーヒーゼリーを一気に書き込んで口内を冷まそうとしているのだろうか。心春こはるは真っ赤に染まった顔を誤魔化すようにコーヒーゼリーを一瞬で完食した。

 そんな慌ただしい姿を見ながら、少し考える。ここで選ぶべきは何なのか。簡単なことだ。後悔しないほうを選ぶ。ずっとそうして来たじゃないか。


 大抵のものはあったら嬉しいが、無くてもいい。恋人だって例には漏れない。心春こはるの言葉は、もちろん嬉しい。けれど本当に必要なのか。必要でないとして、天秤にかけるべきものは何なのか。

 こういうことはやはり、しっかり考えるべきなのだろう。


心春こはる、悪いがちょっと一人で考える時間を貰えないか? いきなりすぎて、理解が追い付かないんだ」

「ん、分かった。急がなくていいよ、私もいきなりの自覚はあるからさ。外でちょっと時間潰してくる。戻る時には、また連絡するから」

「ああ、分かった」


 ん、と短く返事して、空になったグラスと食器を置き去りに心春こはるはカフェの外へと向かう。そして扉をくぐって出て行ったのを確認し、心奏かなでは支援を呼んだ。


心羽みう、相談がある」

「もうちょっと甲斐性を見せなさいよ」


 予想はしていたが、早速突っ込まれてしまった。

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