第60話 出来ること

 注文した飲み物とスイーツが届いた。 

 心春こはるはあまり甘いものが好きじゃないのかコーヒーにコーヒーゼリーというよく分からない組み合わせを注文していた。


「コーヒー好きなのか?」

「好きって言うか、エナジードリンクがあんまり好きじゃないから仕方なく飲んでいるうちに、自然とね。最近じゃ飲み物はコーヒーか、たまに果汁100%のジュースを飲むくらいかな」

「へー、炭酸飲料とかは飲まないのか?」

「うん、全く飲まない。前までは色々飲んでたんだけどね、何時からか飲まなくなってた」


 高校二年生にしてブラックコーヒーを素で嗜むようになるとは。見た目に反して中々乙だな。いや、乙なのか? 適当なことを言ったかもしれない。

 苦いものを子どもが苦手にし、時として大人が嗜好品のように楽しむことがあるのは大人になると味覚がマヒし、苦みを感じにくくなる、もしくは美味しいと感じるようになる体、と聞いたことがある。それが本当かどうかは定かではないが、もし本当なのだとしたら心春こはるの味覚は既に衰え始めているのかもしれない。


 だとしたら生活態度が問題なので改めるように苦言を呈して差し上げようか。友人の為に何かをすることくらい厭うことはない。


「そういえば、相談事って何なんだ?」

「ん? ああ、その事。まあちょっと、少しだけ話しにくいことなんだけどさ。最初にさ、私の言葉にどう思っても、その、私を嫌いにならないで欲しい」


 それは子どものような発言ではあったが、心春こはるの表情は真剣そのもの。真摯に訴えかけてきているのが実際に顔を合わせた経験は少ない心奏かなででもよく分かった。


 正直なところ、ここまで真っ直ぐな気持ちを向けられると困ってしまう。

 心奏かなでという人間は人に共感するのが苦手なコミュニケーション下手だ。それを恥じることはないが、自覚はしている。相手が抱く感情と同じ熱量で考えて欲しいと言われても出来ないと答えるほかない。

 どうせならすぐ後ろにいるであろう心羽みう心梛ここなに聞いて貰った方が心春こはるの為になると思う。


 少し前までの心奏かなでなら、空気を読まずに本気で二人を読んでいた可能性すらある。けれど、今の心奏かなでには分かる。心春こはるはただ相談がしたいわけではない。心奏かなでに相談したいのだ。

 心奏かなでを信頼して相談しようと思ってくれたのだとしたら、無力なりに向き合うのが男というものだろう。何て、あるはずもない甲斐性を存分に振るう覚悟を決めて、心奏かなでは頷いた。


「もちろんだ。嫌いになんてなるわけないだろ?」

「そ、っか。ありがとう」


 心春こはるは少し恥ずかしげに笑う。これは、今のは正解だったってことだろうか。相手の求めている受け答えをするというのは、やはり簡単なことではない。でも、自分なりに必死に考えて、その結果相手を少しでも喜ばせて上げられたのなら、それは素晴らしいことだと思う。

 たぶん、そのはずだ。


「やっぱりカナデは優しいよね。人が良すぎるんじゃない?」

「そんなことはない。俺は誰かに好かれるような性格じゃないし、誰かに優しく出来るような人間じゃない。出来ることをやってるだけだよ」

「出来ることを、ね。それじゃあお願いしようかな」


 思い悩む様に目を伏せた後、吹っ切れた笑顔を浮かべた心春こはるが口にしたのは、誰にも予想できない衝撃的な発言だった。


「カナデ、私の彼氏になってよ」


 それは、相談というにはあまりに一方的な物言いだった。

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