第55話 そして取り戻す距離

「クラスでいじられているあんたを見た時、私の中の罪悪感が膨れ上がった。そんな姿を出来るだけ見られたくなくて、心羽みうに先に行って貰ってから、あんたを無理やり連れだした。きっと変な目で見られたわ。衝動的になるなんて、正直あり得ない。今世紀最大の失態よ。だから、ごめんなさい。今回は全部、私が迂闊だったわ」


 なんて簡単に言ってのけてしまう心羽みうに、どうしようもなくムカついた。ふつふつと湧いてくる感情が怒りだってことくらい分かる。本来それは胸の内に仕舞っていたほうが話が円滑に進むし場も収まるはずなんだ。

 でも、だから何だ。いつだって説教臭いこいつに、文句の一つも言ってやらないと気が済まない。


「馬鹿かお前は!」

「っ!? きゅ、急にどうしたのよ? 凄い音したわよ?」


 立ち上がる時にドアノブに頭をぶつけたなんて恥ずかしくて言えない。


「っ、いてて……いいか、心羽みう!」

「な、なによ」

「耳の穴かっぽじってよーく聞け!」

「その表現古くない?」


 扉越しだろうと心羽みうの困惑気な顔がありありと透けて見える。やはり人生のすべてを一緒に過ごしてきただけあって、心奏かなで心羽みうのことはお見通しらしい。


「何が今世紀最大の失態だ! なめんじゃねぇよ! 言っとくがお前はな、百年の歴史を代表できるような器じゃねえんだよ!」

「い、いや、それはあくまで例えで……」

「例えで出すだけでも身の程知らずだと恥を知れ、恥を! いいか、お前は高々一学校の生徒で、一般家庭の娘で、俺の双子だ! それ以上でもそれ以下でもない、平平凡凡で量産型の人間だ! それがなんだ、一つ噂が広がっただけで全部自分のせい? 調子に乗るのも大概にしろ!」

「え、いや、え……?」


 心奏かなでが感情的に説教するなんてこと、今までに一度もありはしなかった。自分の知らない様子の心奏かなでを扉越しにして、心羽みうは動揺するばかりだった。


「あの噂が広がったのは俺が柄にもなく叫んだからだし、柄にもなく遊園地なんて行ったからだ!」

「だから、誘ったのは私だし――」

「断らなかったのは俺だ! それにな、俺がいつそれが悪かっただとか、後悔してるだとか、反省してるって言った!」

「っ!」


 心奏かなでは拳を握り締め、高らかに宣言する。


「俺はな、遊園地に行けてよかったぞ! 行って楽しかったぞ! 今後一生忘れないくらいの思い出になった! 間違いなく! それが噂になって悪い方向に働いて、それがなんだ! あれが、あの思い出が心羽みうからの最高の贈り物だって事実は、どうやったって変わらないだろうが!」

心奏かなで……」

「誰のせいとかじゃなく、良かった悪かったじゃなく、そうなっちまったもんはしょーがないだろうが! いいんだよ、誰のせいじゃなくても。そんな誰かの噂も視線も気にならないくらい、俺は今でもまだ、あの時楽しかったのを覚えてるぞ!」


 扉の向こう側から、微かに身動きする音が聞こえた。それは立ち上がるような音に聞こえた。それは立ち直るような音に聞こえた。やがて、ドアノブが僅かに揺れた。


「見てみろよ、心羽みう! 今の俺の顔は、最高に楽しそうなはずだ! 今まで見たこと無いくらいにな!」


 思えばあの時、人前で叫ぶのを恥ずかしがっていた俺を勇気づけ、俺の為に叫んだ心羽みうの表情も、ほんのり赤く染まって恥ずかしそうにしていたのかもしれないな。

 

 燃え上がるほどに熱くなる顔で浮かべた笑顔を、扉を開いた心羽みうが見る。


 制服を着崩し、学校では整っていた髪をめちゃくちゃにして、ほんのちょっとだけ疲れたような顔つきをしていた心羽みうの顔がゆっくりと笑顔に変わって行った。

 そして開口一番、笑いながらに言うのだ。


「さいっこうに、似合ってないわよ」

「だろうな、俺もそう思う」


 羞恥心に押しつぶされそうになっていたのが、今の一言で救われたような気がした。

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