第54話 僅かな距離
壁一枚なんてものは、正直あっても無くても同じこと。我が家の個室一つ一つには鍵なんてついていないし、幾ら運動をしていないと言っても
だったらその壁一枚、扉を開くことでいとも容易く越えて見せようではないか。
って、少し前までの俺だったら考えたのかもしれないな。
「
「……違うわよ。あんたじゃない」
「じゃあ、なんだよ。聞かせてくれ」
「嫌よ。この年にもなって弱みなんて握られてたまるもんですか」
「何言ってんだよ。お前がいつまでおねしょしてただとか、いつまで熊さんのパンツ履いてただとか、いくらでも弱みは握ってる。それはもう大事に握り締めているとも」
「ばーか、それはお互い様でしょ。そんなもん脅しにも何にもならないわよ」
「それがどっこい、俺は黒歴史を晒されようとノーダメージなのでした」
「……ッチ」
マジもんの舌打ちが聞こえた。
「はぁ、いつまで柄でもないことやらせるんだ。ひょうきん演じるのだって大変なんだぞ」
「うっさいわね、勝手にやったことでしょ。でもいいわ、話してあげる。あんたどうせ、私が話すまで扉の前にいるつもりだろうし。そんな我慢比べ始めれば、トイレもご飯も無い部屋にいる私が負けるのは明らかよ」
「こうめいなようで何より」
「……なにそれ、軍師の孔明とかけてるつもり? それを言うなら賢明でしょ?」
やべ、普通に間違えた。けどそれを認めるのは恥ずかしいので言わないでおく。扉を開けなかった過去の俺、英断だぞ。
「で、どうなんだ?」
「適当ねぇ、そんなんだから友達いないのよ」
「うるさい」
長話になりそうな気配がして扉に背中を預けると、反発するようなものを感じた。もしかすると、
「なに、意外と気にしてたの?」
「友達が少ないことは気にしてないが、悪く言われることくらい気にするだろ、普通」
「気にしてないのはないのでどうなのよ……」
なぜか呆れられている気がする。元気づけに来たはずだったんだが。
自分の情けなさに自分でも呆れそうになっていると、
「噂、聞いたの。あんたが女たらしで、外では女の子とっかえひっかえしてるって。最初は人違いか、誰かの悪戯とでも思ったわ。そんなものは聞き慣れていたから、エスカレートする前に適当に処理するつもりだったんだけど……私は当事者だった」
ならば大方、一緒に居たのが
「私のせいであんたが噂になっているのが、申し訳なかったのよ」
「……は?」
「なんか知らないけどあんたばっか悪目立ちしてあんたばっかが責められてる。顔なら私の方が売れてると思ったんだけどね。たぶん噂流したの、あんたのクラスの誰かよ」
知ってる。犯人には心当たりがあるからな。
そう言ってもよかったが、話の腰を折りたくなくて止める。
「だってそうでしょ。いつも偉そうにし説教したり指導してる私のせいで、あんたはクラスで居づらくなっている。最近頑張ってるなって思ってた。友達作ったり、外出したり。それを邪魔しちゃった気がした」
聞いていると、なんだかムカついて来た。なんでこいつはいつも、こうも自分ばかりなのだろうか。自分自分自分、頭言葉が全部自分、ナルシストか。新手の革命家か。
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