第41話 お化け屋敷

「へぇ、結構凝ってるのね」

「あ、あの~」

「おい心羽みう、やめてやれ」


 心奏かなでは人並み程度にはホラーが苦手で、はてさてどうなってしまうのやらと思っていたのだが驚くことは一度も無かった。

 その原因はと言えば、経った今目の前でフランケンシュタインとかミイラ男のような格好をした脅かし役の人の肌を心羽みうがやわっていることにある。脅かし役の人は被った仮面越しにでも分かるくらいに動揺しているが、心羽みうはそんなことは知らずに興味深げに観察していた。


「ねえ、これどんな布を使ってるの? エナメル質な気もするけど、違うわよね?」

「え、えーっと……」

「そんなの企業秘密に決まってるだろ。聞くなよ」


 そういう問題でもない気がするが、心羽みうは一度自分の世界に入ると戻って来るのに時間がかかるので心奏かなで心羽みうに合わせるように突っ込みを入れる。


「え? あー、確かにそうかも。ごめんなさいね」

「い、いえ……それじゃあ、残りもお楽しみください?」

「疑問形になってますね」


 この脅かし役の人が心底可哀そうだった。


「ふーん、本格的ね。評判は正しいみたい」

心羽みうが楽しそうで何よりだよ」


 それからも心羽みうは仕掛けや脅かし役に何一つとして驚くことないままに進んで行く。対して心奏かなではそのほとんどに内心驚き、何なら小さく声も出かかったが隣の心羽みうが全く驚く素振りも無いのでやせ我慢を続けていた。

 これは確かに吊り橋効果が見られるかもしれない。特に、隣に立っているのがここまで頼もしい人ならば惚れてしまうのも無理はない。心羽みうと一緒にこのお化け屋敷に来たのが他の誰かじゃなくてよかった。たぶんそいつは惚れていた。


「あら、心奏かなでは楽しくないの?」

「楽しいとかではない気がする」


 楽しもうにも心羽みうがまともな楽しみ方をしていないしな。


「でもまあ、心羽みうが楽しいならそれでいいんじゃないか? 俺はそれで満足」

「……あんたそれ、私以外に言うんじゃないわよ。勘違いされるから」

「勘違い? 何の話だ?」

「分からないなら別にいいわ。ただ、絶対に言わないこと」

「はぁ……まあそうする」


 よく分からないが心羽みうが言うことなら間違いはないだろうし大人しく従っておくか。


「って、もう終わりなんじゃないか?」

「そうみたいね。んー、結構楽しかったわ。いい刺激になったわね」

「それ、本気で言ってるのか? まったくビビってなかったのに」

「あんたこそ何言ってるのよ」


 昔からホラー映画とかホラー番組とか、心奏かなでと一緒に見ていてもいつも心奏かなでだけが一人怖くて眠れなくなったのを覚えている。親がいないときなんかは、情けなくも心羽みうにトイレに付き合ってもらうこともあった気がする。

 ……今思い出してみると、とんでもなく黒歴史だな。もう二度と思い出さない。


 そんなことを心に誓っていると見えて来た外界の光に照らされて、心羽みうは自然と笑みを浮かべていた。

 その嘘を微塵も感じさせない無垢な笑顔は、屈託のない自然な微笑みは。


「私はね、あんたがいるから怖くないのよ」


 大きく心奏かなでの心を揺らした。


「……なあ心羽みう

「どうかしたの?」


 ゲートを抜けてお化け屋敷の外に。急に明るくなって浴びた眩しさに目が慣れるまでの間少し瞼を下ろし、再び開いてから言う。


「それ、俺以外に言うなよ」

「え? 言うわけないじゃない。何言ってるのよ」

「……そうか」


 まったく、何恥ずかし気も無く臭いセリフを言っているんだか。うっかり惚れるところだったぞ。

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