第38話 解散
「あ、
「これくらいは、まあ。先生は色々準備してくれましたし」
「わぁ、これは嬉しいお言葉ですね。奮発しちゃったかいがありましたよ」
空が赤くなり始める少し前に、クラス会は解散の準備を始めていた。未成年の集まりだし、このくらいが妥当だろうと思う。
ほとんどの生徒が余韻を楽しむ中、
「先生、やっぱり最初は心配していたんですよ? 雛沢君、ずっと一人で静かにしていたので。でも今日のことで雛沢君がすっごい優しい生徒なんだって分かって安心しました」
「優しくなんてないですよ、やるべきことをやっているだけです」
「片付けも準備も、雛沢君が任された仕事ではありませんよ?」
「そうじゃなくて、何と言うか。クラスって言う集団にいるからには、何らかの貢献をしないといけないよな、って。使命感って言うんですかね。駆られるんですよ、そういうのに。これくらいしないといる資格がないって思っちゃうって言うか、そういうのが」
「使命感ですか? 凄いじゃないですか! なかなかいませんよ、クラスのための貢献を積極的に行える人は。先生は素晴らしいと思います!」
重たい荷物をトランクに積み終え、義弘先生の代わりに扉を閉めた
「あれ? 先生、何かおかしなことを言いましたか?」
「……褒められるのは、違うと思います。義務と言うか、ほんとに、やるべきことだと思ってやっているというか。なんというか、先生は毎日歯を磨くことや顔を洗うことをいちいち褒めたりしませんよね?」
「まあ、保育園性でもない限りは」
「俺のこれは、それと同じようなものです。なので、褒められるのは違うと言いますか。俺、今になって歯を磨けて偉いねなんて言われたら普通に嫌です。分かりませんか?」
説明に困って変な事を口走ってしまっただろうか。義弘先生は不思議そうに小首を傾げた。
「それってつまり、日常的に人に貢献しているってことですか?」
「それだとなんか、俺が凄くいい人みたいじゃないですか。違いますよ。貢献って言うか、やらなきゃいけないことと言うか、義務みたいな感じです。俺はそれを果たしているだけで、そんな優しいとかそんなんじゃなくて」
ああ、どうにも言い表せない。何か正しい表現は無いだろうか。別にこれを正しく伝える重要性も無いのだが、このまま誤解され続けるのは落ち着かない。なにか――
「自分がこの場所にいていい理由を作っている、でしょ?」
「そう、それ! って」
「あ、新嶋さん。お疲れ様です。もういいんですか?」
「はい、十分遊びましたので」
誰かの声が聞こえて振り返ると、そこには
「どう? 合ってた?」
「いや、まあ、合ってた、けど……」
「なるほど、理由ですか。居づらいからこそ自分が留まれる理由を自分で作る。消極的ではありますが、前向きな努力の内に入ると思います。先生は良いと思いますよ」
素敵です、と義弘先生は両手を合わせた。
「それじゃあ残りのこまごましたものは片付けちゃいますね。お二人は先生が責任をもってご自宅まで送り届けますので、最後になってしまいますが、待っていてもらえますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「まあ、俺も問題ありません」
「ご協力、感謝いたします。二人が初めての生徒さんで、先生は嬉しいです!」
ではまた後で、と車の中に入った先生を見送り、まだクラスメイト達が残るほうを見る。隣を見ると、
「ちょ、おいやめろって! 着替えないんだぞ!」
「いいじゃねぇか! せっかくなんだしよ!」
「そうだそうだ!」
「もー、やめなよー」
楽し気な声と一緒に、水をかける音が聞こえ、そこに笑い声が広がっていく。
……あれの何が楽しいんだよ。多勢に無勢で水をかけ、周りはそれを面白がって眺めてる。それをもっと外から見ているだけの
「あれ、止めなくていいの?」
「え? ああ、うん。大丈夫じゃないかな、いつものことだし」
「いつものこと、か」
やっぱり、皆自分なりの方法で居場所を作っている。
一人はクラスメイト全員と仲良くし、中心人物に。一人はクラスの為に仕事をし、役割を持つ。一人は揶揄いの的になり、その他大勢は揶揄う側に。
そうやって、周りとの距離を保っているのだ。
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