第37話 集団で

「ほんとに行かないの? 案外悪くないもんだよ?」


 食後。食べ過ぎるくらいには食べてしまった心奏かなでは再び本を開いて木に寄り掛かっていた。


「……慣れないんだよ、どうしても。知らない人といると疲れる」

「知らない人って……クラスメイトだよ?」

「俺、新学年になってから喋ったの心音ここねくらいだと思う」

「ごめん、流石にそれはどうかと思う」


 おっと、どうやら心音ここねでも共感できなかったらしい。


「まあ、いっか。今日は来てくれたし、私ともご飯を食べてくれたからね。成長だよね」

「成長なのか、これ。俺は何もしてないけど」

「そんなことないでしょ? 来ても一人で過ごすことが分かってて、他にも参加しない人がたくさんいる中で来てくれただけでも嬉しいよ。せめて、一人でも楽しんでってね」

「楽しんで……まあ、頑張る」

「うん。それじゃ、また来るよ」


 心音ここねどこか寂し気に去って行った。

 どうしていつまでも構ってくるのだろうか。さっさと諦めて放っておけばいいものを。どうせ一緒に居ても楽しくないようなやつとわざわざ一緒に居たがる理由が、やっぱりどうしても分からない。

 使命感とか正義感とか考えはしたけど、メリットは全くないじゃないか。


 またしばらく読書を続けたけれど、それでも時々視線を上げて心音ここねを探す。その度楽しそうに笑うのを見て、喉元まで出かかって来るため息を飲み込む。ここで吐き出すような権利を、心奏かなでは持ち合わせていない。


「あ、ほんとうですね。雛沢ひなざわ君、こんなところに居ました」

義弘よしひろ先生? どうかしたんですか?」

「いえいえ、見かけないなと思って新島にいじまさんに聞いたらここにいるって教えて貰えたので、挨拶に来ました。どうですか? クラス会は楽しんでいますか?」


 続いての来訪者は義弘先生だった。皆もしかして暇なのだろうか。


「正直、分からないですね。楽しいとか楽しくないとか。そもそもここにいるだけでクラス会に参加しているかと言われたら微妙ですし」

「そうなんですか? それは残念です。先生、参加する皆に楽しんで欲しかったですね。でも、確かに今の雛沢君はクラス会に参加できていないみたいですからね。分からないもの無理はないです」

「……てっきり、何か文句の一つでも言われるのかと思ってまして」

「え? どうしてですか?」

「いや、皆の輪に入れてないから、とか?」


 中学生の頃、一人でいたことを注意された。皆は一体になって頑張っているのに、どうしてお前はそうしないのだ、と。正直に人に合わせるのが苦手だからですと言えば、こんな言葉が返って来た。


「周りに合わせられないのは、お前がそうするための努力をしていないからだ、って。中学の時の担任は、そう言ってきました」

雛沢ひなざわ君は今、そう言って欲しいんですか?」

「そんなわけはないですけど」

「だったらいいじゃないですか、先生はそんなこと言いませんよ」


 義弘先生はそういうと実年齢とそれなりのギャップがある、幼げな笑みを浮かべた。


「確かにその方の言葉は正しいのかもしれません。恐らく、雛沢君が周りに合わせられないのは雛沢君の努力不足です」

「結局言うんじゃないですか……」

「あ、これは失礼。そんなつもりではなかったんです。ただ、決してそれは責められるべきことではないと言いたかっただけで」


 ごめんなさい、と舌を出して謝るのはやはり大人には見えなかった。


「先生も皆と年齢が近いのであまりジェネレーションギャップがあるとは思いたくないのですが、先生の時代にも雛沢君みたいな子は沢山いました。でも、その人たちは今皆、自分の仲間を見つけて活躍しているんですよ?」

「皆? 一人も欠けずに、ですか?」

「はい。少なくとも私のクラスメイトはそうです。この前の同窓会は全員参加、皆自分なりの仕事を持っていました。環境が変わり、学校ではなく社会で働くうちに皆変わったんですよ?」


 結局義弘先生の発言の意図は理解できなかったが、その言葉は確かに心奏かなでの中で響いた。


「集団に合わせられないのは確かに本人の努力不足ですが、必ずとも今いる集団に属する必要があるわけではないんです。いいじゃないですか、雛沢君には新嶋さんと言うお友達がいますし、先生もいます。今は私たち二人で我慢して、おいおい適した集団に所属すれば。誰も、雛沢君を責めたりしませんよ」

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