第35話 新嶋心音

「……あータンマ、今の無し。忘れて」


 心奏かなでが衝撃から立ち直るよりも早く、心音ここねは頬を赤くして顔を背けた。


「その、変な意味じゃないから。私にも、雛沢ひなざわ君の気持ちわかるからさ」

「俺の気持ち?」

「そう。誰とも関わりたくないとか、一人でいたほうが楽とか、分かる」

新嶋にいじまさんが? 冗談だろ」


 いつもクラスの中心人物で、心奏かなでにだってわざわざ声をかけるような人が一人でいたほうが楽? 到底考えられなかった。


 心奏かなでが言うと、心音ここねは恥ずかしそうだった表情を崩して小さく笑みを浮かべる。


「私、中学校の頃は雛沢君みたいな立ち位置だったからね、分かる。でもそれが嫌になって、このままじゃ駄目だと思って高校になってからは明るく振る舞うようにしてみた。正直、毎日すっごい疲れるんだ」

「……嘘だろ」

「嘘じゃないよ。まあ、信じたくない気持ちもわかるけどね」


 絶対バレないようにしてたし、と言って心音ここね心奏かなでに笑いかける。


「こんなこと、普通は誰にも言わないからね? 皆きっと、誰にも気付かれたくないことも自分だけの秘密にしたいものもあるんだよ。だから、皆こんなことを思っていたも口にはしない」

「じゃあ、なんで俺に言うんだよ」

「言ったでしょ。雛沢君は、たぶん私と似てるから。似た者同士で仲良くしたいって、おかしなことじゃないでしょ?」


 確かに同じ趣味を持つ者同士、同じ悩みを持つ者同士で仲良くしたいという気持ちは何もおかしくない。実際、心奏かなで心春こはるも同じ趣味を持つ者同士の関係だ。


「そうだな。おかしくはない」

「でしょ? 別に、今の私みたいになれって言うんじゃないよ? 私だって一人でいる時間の方が好きだし、昔の方が楽だった。でも今がつまらないわけでも苦しいわけでもない。何が言いたいかっていえば、選択肢があるべきだって話」

「選択肢?」

「そう。私が選べたみたいに、雛沢君にも選択肢があったほうがフェアでしょ? だから、もし誰かと喋ってみたくなった時が来たら、私に相談して欲しい。逆に今のままじゃ居づらいと思っても相談してよ。私に出来る限りで、何とかしてみるから」

「いやいや、そんなに頼れないだろ」

「そこは、ウィンウィンに行こうよ」

「……要求はなんだ」


 これでパシリにされるとかだったら割に合わないのだが。


「そんな警戒するような目をしないでよ。普通に、この前の買い物の手伝いとかみたいなこと。ほら、私クラス長でしょ? その仕事の手伝いとか、どう?」

「それくらいなら、まあ」

「よしっ、なら決定だね」


 そう言って、新嶋さんは嬉しそうに笑った。手伝ってもらえることがそんなに嬉しいのだろうか。確かに今回のクラス会みたいなのは大変そうだ。学校では暇を持て余していたし、新嶋さんなら、まあ。

 

 少しでも気持ちを理解してくれるって言うんなら、悪くはない、かな。


「あ、あともう一ついいかな」

「出来る限りのことなら」

「あーいやいや、何かしてもらおうって言うんじゃなくてね? 名前で呼んでもいい? って」


 心音ここねは少しだけ不安そうに尋ねた。が、それに対して心奏かなでは何ともなさそうに返す。


「え? まあ、好きに呼んでくれて構わないけど」

「いいの? じゃ、じゃあ、私のことも名前で呼んで! 心音ここねって!」

「わ、分かった……」


 突然声を大きくして、どうしたのだろうか。それに少し興奮気味だし。名前で呼び合うって、確かに親しい感じはするけどそんなに喜ぶことか? いや、新嶋さ、じゃないな。心音ここねのことだ、クラス中の皆と仲良くなるみたいな目標があって、最難関と想定されるところの心奏かなでと仲良くなれて嬉しいみたいな感じなのだろう。

 

「それじゃあ、心音ここね?」

「っ、う、うん! 改めて、よろしく、か、心奏かなで!」


 心音ここねは少し緊張気味だった。

 そんなに呼びづらいかな、心奏かなでって名前。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る