第28話 ありふれた日常

心奏かなで君、心羽みうちゃん、おはよう」


 心梛ここなは、準備を終えて玄関口で普段のように二人より早めに出ようと思った心奏かなでに言った。

 そして心奏かなで心梛ここなのあいさつですぐ後ろに心羽みうがいることに気付いた。見てみると髪を整え洗面所から出てきたところだったようだ。


「あら、心梛ここな早いじゃない。どうかしたの?」

「ううん、別に。ただ今日は、皆で一緒に登校しない? って」

 

 制服を着こなし、髪を完璧に整え、万全の準備を整えた状態で心梛ここなは楽し気にそう言った。


「急にどうしたのよ、まあ準備は間に合うけど」

「そうだよ、どうした心梛ここな

「えっと、心奏かなで君は嫌?」


 心梛ここなは少し自信なさげに訪ねてくる。普段の心梛ここなならこんな顔はしないはずなのだが、一体今日はどうしたというのだろうか。

 心梛ここなにこんな顔をさせてしまうと、心が痛くなってきた。


「嫌じゃない、まったく」

「それなら、よかった」


 心梛ここなは不安そうな表情だったのを一変させて、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。

 心奏かなでとしてはむしろ心奏かなでが一緒に登校することを嫌がられるんじゃないかと思っていたくらいだったので、誘われる分には断る理由は全くない。


「それじゃあ、心羽みうちゃんの準備が終わったら行こっか」

「ええ。ちょっと待っててね」


 そう言って心羽みうは自室へと向かって行った。

 心奏かなで心羽みうを待つために玄関に座ると、心梛ここなもその隣に座った。

 しばしの沈黙が流れて、心奏かなでは隣に座る心梛ここなが少し落ち着かないようにそわそわしていることに気付く。やはり、何かあったのだろうか。


「ね、ねえ、心奏かなで君」

「ん? どうかしたのか?」


 少し油断していたせいで上擦りかけた声を、何とか抑える。何か話題を振ろうとしていたところだったので不意を突かれた感じだ。


「あの、さ。ちょっとだけ、聞きたいことがあったんだけど」

「あ、ああ。なんでも聞いてくれていいけど」

「そ、そう? それじゃあ……」


 どうしたのだろうか。先程からずっと心梛ここなの様子がおかしい。一緒に登校しようと言い出したり、落ち着かない姿を見せてみたり、とても聞きづらそうに質問して来たり。


心奏かなで君と、その、この前一緒に遊びに行ってた人って、付き合ってたり、する?」

「付き合ってる?」


 聞き覚えの無い響きを口にしてみる。付き合う、付き合うってあれか。交際しているかと聞かれているのだろうか。

 スプリング、つまりは心春こはると? 恋人ってことか? いや、いやいやいや。


「あり得ないあり得ない。あいつとはそんなんじゃない」

「そうなの? でも心奏かなで君おしゃれして、楽しそうだったから」

「あー、それは……」


 どうなんだろうか。客観的に見てみれば自分磨きをするのは恋人が出来たことになるのだろうか。もし心奏かなでに恋人が出来たのなら、心梛ここなに何か影響があるのだろうか。


 一緒に居づらくなるのだろうか。


 もしかして心梛ここなはそうなることが嫌だったのだろうか。だとすればきっと、今まで通りでいたいだけなのではないのだろうか。


「……別にちょっと気が向いただけだ。言われて、やってみようと思っただけ。それ以外何もない」

「ほんと?」

「心配するようなことは何もないから、安心してくれ」


 そういえば、笑顔ってどうやって作るのだろうか。前までは笑えていたこと、自分が笑えないわけじゃないことは知っていたけれど笑おうとして笑うことは一度も練習したことが無かった。

 変な笑顔になっていなければいいんだけど。


「しばらくはまだ、ずっとこのまま変わらないだろうな、俺は」

「……そっか、それなら、よかった」


 その時の心奏かなでは自分の表情ばかりを気にして、心梛ここながなんて返事したのかを聞き逃していた。


 嬉しそうに描かれた、綺麗な笑顔で呟かれた言葉を。

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