第24話 誰が望んだ昔話

 少し昔を思い出す。

 昔と言っても三年前、心奏かなで心梛ここなが中学二年生だった頃。


「ねえ心奏かなで君、心羽みうちゃん。今日からしばらく、放課後遊びに来てもいい?」


 その日の学校が終わってからしばらく経った頃、雛沢家のチャイムを押してから入ってきた心梛ここなは少し寂し気にそう言っていた。


「いいけど、どうかしたの?」

「玄関で聞くなよ。心梛ここな、取り合えず上がれよ」

「うん、ありがとう」


 早速家に上がって貰い、一先ずソファに腰掛けた心羽みうの表情は少し暗かった。


「実はね、お父さんとお母さんが部署異動で遠くまで働かなきゃいけなくなっちゃって」

「確か心羽みうの両親って社内恋愛だったのよね。一緒に転勤なら、まあいいことなんだろうけど」

「そういう話じゃないだろ。つまり、一人でいることが多くなるってことか?」

「うん。引っ越しとかも考えたらしいんだけど、今の高校もあるし、引っ越しはしないって。代わりに、平日は帰ってこないで社宅で寝泊まりするかもしれないから。って」


 心梛ここなは中学生に上がる頃には料理や裁縫なんかを初め、家事スキルを一通り習得していた。何がそんなに心梛ここなをやる気にさせたのかは分からなかったが、そのおかげが両親からはだいぶ信用されていた。

 きっと、だからこそ心梛ここななら一人でも大丈夫だと思ったのだろう。


「そんなの断る理由が無いわよ。うちも両親帰り遅いからね。むしろ、毎日来てくれていいわよ」

「そうだな。心梛ここなさえよければ、心羽みうの勉強でも見てやってくれ」

「ちょ、それどういう意味よ!」

「この前のテストの成績、やばかったのはどこのどいつだ」

「うっ……まあ、そうね。一緒に宿題したり、息抜きにゲームしたりしましょ。あんたもよ、心奏かなで。あんた課題の提出期限この前も破ったでしょ」

「良いだろ、テストはいい点だったし」

「そういう問題じゃないわよ!」


 この時、心羽みうが意識したのかどうかは分からなかったが、少なくとも心奏かなでは落ち込む心梛ここなを励ますつもりで普段の言い合いっこをしてみたつもりだった。

 だから、あまり心梛ここなが浮かべた笑みの意味が分からなかった。


 なんというか、泣きそうなほどに嬉しそうな笑顔だった。言い換えるのなら苦しそうで、心梛ここなの普段の子どもっぽい笑みを期待していた身としてはやるせなさもあったが、その後の心梛ここなの言葉でまあいいかと心の中で呟く。


「二人とも、喧嘩しないで。……うん、分かった。それじゃあ私、二人が喧嘩しないか監視するために、毎日来るね」


 それから心梛ここなは毎日のように家にやって来た。休日は両親が帰ってくることもあるので来たり来なかったりだが、たまに心奏かなでたちの両親とも食事を一緒に取ったりする。

 また、心梛ここなが料理を作り出した頃から、心奏かなで心羽みうが平日に食べる夕ご飯はすべて心梛ここなの手製のものになった。


 そんな日々も今年で三年目。心奏かなで心梛ここなをそれまでは仲のいい友達だと思っていた。けれどいつしか、気付けばいつでも近くにいる、家族のような。身近な人物で例えるのなら心羽みうと同じような存在に感じ始めていた。

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