第22話 幼馴染とお出掛け

「今日一緒に、水族館、行かない?」


 そうやって土曜日の朝早くに心奏かなでを訪ねたのは心梛ここなだった。


「水族館? 随分行ってなかったな。心羽みうは?」

「私はパス、課題が終わらないのよ」

「分かった。それじゃあ行くか、心梛ここな


 心羽みうとの会話を短く済ませて心奏かなでが立ち上がって言うと、心梛ここなはぱっと笑顔を輝かせて頷いた。


「うん! 行こっ!」


 電車に揺られながら数分。休日の午前中と言うこともあって人はそれなりの多く、二人は座席に座れず扉の前で立っていた。


「水族館、一緒に行くのは六年ぶりくらいかな」

「そうだな。小学生の時に行ったのが最後だから、それくらいになるな」

「懐かしいなぁ、あの時はイルカショーで心羽みうちゃんと心奏かなで君と一緒にびしょびしょになって怒られてたっけ」

「そんなことあったか? あんまり覚えてないな」

「あったよ、すっごくよく覚えてるもん」


 心梛ここなは昔の話をすると子どもっぽい笑みを浮かべてとても楽しそうにする。今でこそ落ち着いた雰囲気でおおらかな性格だけど、昔は心奏かなで心羽みう よりもお転婆でよくドジをやらかした。

 底抜けに明るくて、そのフォローをするのが心奏かなで心羽みうの役割だったのをよく覚えている。


 昔一度、小学生の頃ではあるが心奏かなで心梛ここなの母親に聞かれたことがある。

 普段から仕事が忙しく、家にいないことが多い両親の代わりに相手をするのはいつも心奏かなで心羽みうだった。そのため心梛ここなの母親は迷惑をかけていないかなんて聞いて来たのだが、心奏かなで心羽みうも即答した。


「一緒にいると楽しいから、迷惑なんて思ったことはないよ」

「うん! 心羽みう心梛ここなちゃんのこと好きだもん!」


 当時のことを思い出してみれば恥ずかしいことだが、そんな底抜けに明るい心梛ここなに惹かれていた時期もあったくらいだ。笑うと咲く笑顔は花壇のどんな花よりも鮮やかで、楽しそうに笑う声は鈴の音よりも澄んでいて綺麗だった。

 それがだんだんと形を持って大人しくなっていく中で、これが成長することなんだろうなって思った。心奏かなでも成長しなくてはいけないな、と心に誓った。


 今では宿題を見てもらったり、色々と注意される側に回ってしまった。どれだけ心奏かなでが大人になろうとしても追いつけない、大人な女性になってしまった。昔ならいざ知らず、今では全く興味を持たれていないことだろう。

 いや、昔も興味を持たれるような人間じゃなかったか、と少し思い出に浸りながら心奏かなでが心の中で笑っていると、電車が揺れた。


「きゃっ」

「うおっ、大丈夫か?」


 気を抜いていたらしい心梛ここなの体は軽く跳ね、バランスを崩して後ろに倒れる。

 咄嗟に踏み込んだ心奏かなで心梛ここなの頭の後ろに左手を回し、右手で心梛ここなの左手を引いた。


 心梛ここなの顔が一瞬にして赤く染まった。


「う、うんっ! 大丈夫、だよ!」


 恥ずかしそうにはにかみながら姿勢を整え、心梛ここなは言う。ただ恥ずかしさを隠しきれいないのだろう、開いた手はせわしなく髪先や鞄の持ち手を撫でていた。

 まああんな体勢、恥ずかしくないわけないよな。そうとは分かりつつも、心奏かなでは羞恥心を実感できずにいた。やっぱり、普通の人と同じような感覚を抱くことは心奏かなでにとって難しいことの様だ。


「そうか、大丈夫ならよかった。手すり、ちゃんと握っとけよ」

「う、うん、ありがと……」


 変な誤解を生まないように出来る限り優しく心奏かなでが言うと、心梛ここなは更に恥ずかしそうに俯きながら手すりを手に取った。

 逆効果だっただろうか。

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