第16話 張り込み?

「まったく……気軽に可愛いとか言うもんじゃない。驚くじゃないか」

「悪かったって。でも心春こはる、ってまだちょっと慣れないな。スプリングでいいか?」

「馬鹿。プレイヤーネームは恥ずかしいし、ちょっと、その名前は駄目」


 心春こはる心奏かなでに身を寄せて小声で言う。


「カナデは知っての通り私はプロでゲーマーやってるし、その名前もスプリングなんだよ。ゲームイベントなんだから、知られてないとも言わない。中には私の顔知ってる人もいるんだ、面倒事になって欲しくない」

「ああ、そういう。まあ気を付ける。で、心春こはるって意外と表情に出るんだなって話。まあ、いつも画面越しだから知るわけも無いんだが」

「……メディアに出るときは普段からポーカーフェイス意識してるけど、今日はその予定が無かっただけ。カナデとゲームしてる時も、特に意識してなかったし。普段ポーカーだからその反動が来ただけ」


 少し頬を赤らめて心春こはるは目を逸らす。


「そうか。結構意外かも」

「そういうカナデは想像通り……というか、想像より良かったかもしれない」

「まあ、わざわざ人に頼んで拘って貰ったしな。多少は」


 未だに慣れない短髪の毛先をねじりながら他人事のように心奏かなでが言うと、心春こはるは不機嫌そうに目を吊り上げる。


「え、俺なんかまずいこと言ったか?」

「やっぱり、そういうとこはよくないかもしれない。前から思ってたけど!」

「お、おう……」

「な、なんだよ。言い返さないの?」

「事実だろうしな。実際、俺は格好良くもなんともないし」

「そう言う話じゃないんだけど……まあいいや、そろそろ行こ。時間は多くないからね」


 心春こはるがそう言ってイベント会場に向かって行くのを、心奏かなでは何を言うでもなく付いて行く。


 そんな二人の姿を少し離れたところから眺める物が二人。


「えっ、あの二人本当に初対面? もしかして今のインターネット上の関係って私が思っているより親密な物なのかしら」


 心羽みう心梛ここなはサングラスにマスクといういかにも不審な格好をしながら、物陰から二人の様子を伺っていた。ちなみに本人には気付かれていない様子だが、二人の格好はむしろ周囲からは目立っていた。


「って、心梛ここなどうしたの? さっきから黙り込んで」

心奏かなで君とあんなに近く……私でも一歩くらい距離空いてるのに、あんなに距離寄せて……」

「あ、またいつものぼそぼそだったか。こうなったら中々治らないのよねぇ」


 声が聞こえなくなって黙っているのかと思ったら、たまに出るぼそぼそ声がマスクでさらに聞こえにくくなっていたようだ。こうなった心梛 《ここな》は完全に自分の世界に入り込んでいるので中々戻ってこない。

 心羽みうが一旦保留して二人の様子を見ようかと視線を戻すと、二人はイベント会場に入っていくところだった。


「あー、入っちゃった。中は駄目だね、人多すぎて見失いそう。一先ず心奏かなでは迷わずこれ足し一安心、と。心梛ここな、これからどうする?」

「頬を染めて恥ずかしそうにして何言われたの私だってあんな……え? 心羽みうちゃんなんか言った?」

「ああうん、これからどうしようかって。二人とも中に入っちゃったし」

「そうだね。出てくるまでカフェで待とうか」

「了解。最後までしっかり付き合うよ」


 サングラスとマスクを取った二人は立ち上がり、イベント会場の反対側にあったカフェへと足を運んだ。

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