第13話 見守りたい

「い、いいいいいってらっしゃい、心奏かなで君!」

心梛ここな、どうしたんだ?」


 土曜日。平穏迎えたこの日の朝、先週心羽みう心梛ここなに手伝ってもらって買った服に身を包んだ心奏かなで心梛ここなに玄関の前で見送られていた。


「だ、だって! 心奏かなで君これから知らない人と会うんでしょ!? 何か、悪い子とされないかなって……」

「もしあいつが悪いことして来たら俺は一生抜け出せない人間不信になるだろうな。まあ、心配しないでくれ。悲鳴の上げ方くらい知ってる」

「で、でもいざその時になると声が出ないものって聞いたことが!」

「それ電車で痴漢された時の話だろ」


 こんな貧相な体つきで誰かが寄って来るとも思えない。


「ってか早く行きなさいよ心奏かなで。遅れるわよ」


 とても不安そうな心梛ここなの後ろから顔を覗かせて心羽みうが言う。


「あ、ほんとだ。それじゃあ行ってくる」

「き、気を付けてね!」

「ほーい、いってらっしゃーい」


 二人の見送りを受けた心奏かなでは適当に手を振りながら最寄り駅の方へと歩いて行った。


「行った、よね」

「行ったわね。じゃ、私たちも行きましょうか」

「うん!」


 心奏かなでを見送った心羽みうはすぐに家の鍵を閉めて心梛ここなと共に出発する。


心奏かなで監視作戦開始よ」

「お、おーっ!」


 そんな作戦が立案された経緯はこうだ。

 先週のショッピングモール、心羽みう心梛ここなが一緒にフードコートで食べるものを考えている時心梛ここな心羽ここなの肩を軽く叩いた。


「ん? 心梛ここなどうかしたの?」

「えーっと、その、心奏かなで君のことなんだけど」

心奏かなでがどうかしたの?」


 どうやら食べたいものを決めたらしい心羽みうが客の列に並ぶ中心梛ここなは深刻そうな顔つきで言う。

 何か重大なことなのだろうか。


「来週、初めて会う女の人と遊びに行くって言ってたでしょ? 私、不安で……」

「そう? たまには心奏かなでも外に出たほうがいいし、相手はよく知っているのよ?」

「で、でも! 騙されてるかもしれないし、電車乗り間違えるかもしれないし、道に迷うかもしれないし」

心奏かなでのことをどれだけ信用してないのよ……」


 心羽みうも普段心奏かなでに対してあれこれ言っているが心梛ここなの場合は冗談の雰囲気が欠片も無い。もう少しくらい心奏かなでのことを信頼してやって良いと思う。


「そ、そう言うわけだから来週、一緒に心奏かなで君のことを見守らない?」

「ストーカーってこと?」

「す、ストーカーじゃないよ! そ、その……ほら、あれだよ! 保護者って感じで、遠くから見守るみたいな!」

「本人が認識してないそれをストーキングって言って、それをやる人をストーカーって言うのよ」


 心梛ここなは勉強はかなりできるのだが肝心なところで抜けている節がある。これは心羽みうがサポートしてやらないといけないかもしれない。


「うーん、でも、正直そんなことに時間使いたくないのよね」

「えーっ!? お、お願いっ!」

「そうは言われてもねぇ、心奏かなでだって高二なのよ? そろそろ友達と遊びに行くくらいできても」

「あっ! そう言えばこの前ティスニーランドのペアチケットが抽選で当たっ――」

「やっぱり心奏かなでのことが心配よね!」


 そうは言っても心奏かなでにとって初めての経験になる。相手が顔も知らないとなってはなおのこと心配だ。心羽みうの言う通り見守ってあげるのが家族としての役目というものだろう。


「い、いいの?」

「良いも何も当然じゃない! 任せなさい! 完璧に熟して見せるわ! ……だからその、ペアチケット……」

「うん、もちろん上げるよ。私、チケットが使える日に用事があって行けないから」

「そうだったのね! それは仕方ないし、私がちゃんと責任をもって使ってあげるわ!」


 断じてティスニーランドのペアチケットに目がくらんだわけではない。そう、断じて違うのだ。


 と言った感じで、二人は作戦を決行した。


「それじゃあ予定通り心奏かなでが乗った車両の隣に乗るわよ」

「う、うん!」


 サングラスをかけ、帽子を深く被った二人は駅のホームで心奏かなでから数メートルの距離を置いて目を光らせていた。


 そんなことを露ほども知らない心奏かなでは呑気にイベント楽しみだなー、などと考えていた。

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