第12話 RPG

「ってことがあったんだよ」

『わー、それは大変だったね』

「興味無いなさては」

『まあね。私はカナデの近況が聞きたくて一緒にゲームしてるわけじゃな、あっ! そっち行ったよ!』


 ヘッドセット越しに聞こえるスプリングの声に反応して振り返ると、レアスポーンの限定ボスがこちらに向かってきていた。


「おう、任せろ。足止めする」

『任せた!』


 防御スキルで相手の動きを数秒封じる。心奏かなでの装備の耐久性ではそれが限界だが、それで充分なのだ。


『必殺! 熱迫剣ねっぱくけん!』


 そんな叫びと共に放たれた炎の斬撃により、残り僅かだったボスのHPゲージが赤を通り越してゼロになった。


『よしっ! レアドロップゲット! あ、防具素材はカナデに上げるよ。武器は貰うけどね』

「まあ、スプリングが欲しくて探していたわけだし、もちろんいいぞ。むしろ防具素材貰っていいのか? 俺はこの前狩りに付き合ってもらったし貰ってくれていいんだぞ?」

『いいのいいの! 当たらなければどうということはないっ! からね』

「似てないぞ」


 ヘッドセット越しにおかしそうに笑うのが聞こえてくる。

 

 ここ一年近くの心奏かなでの日課は学校に帰って来てからのスプリングとのRPGになっていた。それは一時間程度になるのだが、夕食後の時間はスプリング側が忙しいということで空いている時間が夕食前にしかないのだそうだ。


『でも、これでS級武器全コンプ! 念願叶ったりだよ。毎日ありがと、カナデ』

「急にどうしたんだよ。いつものことだろ」

『きりが良いからね。まとめて、感謝。それに今週末のイベント付き合ってくれるらしいし、なんだかんだそれで迷惑かけたらしいからね』

「別に、迷惑ってことはない。俺も外に出る度笑われるような服しか持ってなかったからな」

『それ、むしろ気になるんだけど』

「当日着てくか?」

『やめて。普通に止めて』

「いかねぇよ」


 スプリングはそっか、と冗談っぽく笑う。


『まあいいや。今日はこれで終わりにしよっか』

「ん? 俺はもう少しできるぞ」

『ううん、もう十分息抜きになったし。また明日』

「まあ、そういうことなら。また明日」


 そう言う心奏かなでに返す言葉も無くボイスチャットからスプリングは抜ける。心奏かなでもスプリングに倣ってチャットを抜け、ゲームを落とす。

 

 これからどうするか。まあ特にやることも無いし、晩御飯が出来るまで下で待ってるか。

 階段を降りてリビングへ向かうと、キッチンに心梛ここなが立ち、ダイニングテーブルの上では心羽みうが勉強道具を広げていた。


「あれ、心奏かなでどうしたのよ。まだご飯には早いわよ」

心奏かなで君お腹空いた? ごめんね、もうちょっとでできるから」

「あーいや、気にしないでくれ。暇になったら降りて来ただけだし」


 普段、夕食の準備が出来た心羽みうに呼ばれるまで部屋から出てこないせいで勘違いさせてしまったらしい。いや、この家に住む人間がこの家のリビングに来ただけで驚かれるというのもどうかとは思うのだが。


「へー、あんたがゲームしないなんて珍しいわね」

「俺、別にゲーム大好きってわけでもないぞ。基本一日一時間くらいだし」

「そうなの? だってわざわざネッ友とイベントに行くくらいじゃない」

「ん? それは……」


 確かに。言われて見て気付いたが、そのゲームに打ち込んでいるわけでもないのに学校以外で外に出ることがほとんどない根っからのインドア派の心奏かなでが外に出ようとするなんて珍しいことだ。

 でも、だからと言って今更やっぱやめた、とはならないんだよな。


「まあ誘ってくれたのがあいつだし。かれこれ一年以上一緒にゲームしてるからな。一回くらい誘われてやるのをゲーム仲間ってもんだろ」

「ふーん。あんたにも人情ってものがあるのね」

「おい、どういう意味だよ」


 まったく、酷い奴だと思っていると、どこからともなく焦げたような臭いがしてきた。何事かとキッチンを見ると、なにやら気の抜けたような表情をしている心梛ここなの背後から薄っすらと煙が……


「こ、心梛ここな、なんか燃えてる、燃えてる!」

「早く火を止めなさい! 家を燃やす気!?」

「えっ!? あ、あわっ、ご、ごごめん! ぼーっとしてた!」


 すぐに心梛ここなが火を止めたおかげで事なきを得たが、心梛ここなが料理中にぼーっとするなんて珍しいこともあるものだ。今日は珍しいことが重なる日だったのかもしれない。

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