第11話 急接近

「隣、いい?」


 その言葉の意味するところ。つまり、隣に座っていいか、隣で一緒にお弁当を食べてもいいか、一緒にお弁当を食べてもいいか。

 心奏かなでと一緒にお弁当を食べたいなどと冗談を口にするのは心音ここねだった。


 どっ、と大きく心奏かなでの心が跳ねた。


「え、なんで」

「アニメのお話しとか、したいから。駄目だったかな」

「駄目ってことは、ないけど」

「よかった」


 え、いやなんで隣なの? 隣である必要ある? いや、隣でいいとして一緒にご飯食べる必要ある? アニメの話がしたいって新嶋にいじまさん友達いないのか? いや、友達いないのは心奏かなでだが。いやいや重要なのはそんなことではない。


「それで、この前送って貰ったアニメの話なんだけど――」


 心音ここねはお弁当を食べる合間にアニメの話を楽し気にする。心奏かなではと言えば普段より数倍箸の動きが鈍くなり、心音ここねの話も半分に現状に混乱するばかりだった。


「あ、もうこんな時間。ありがとね、雛沢ひなざわ君。アニメの話が出来る人、他に知らなくて。楽しかったよ、またね」

「ああうん、また」


 お弁当を片手に去って行く心音ここねを見送った心奏かなでは詰っていた息を一気に吐き出した。


「知らない人と一緒にご飯を食べるって、こんなに窮屈だったんだな……会社の飲み会とか絶対にいけないぞ」


 早くも就職後のことを考えながら心奏かなでは安堵の息を漏らす。

 時計を見てみると時刻は既に昼休みの終わり間近。何とかお弁当の中身こそ空っぽに出来たが、読書の時間は無くなってしまった。それでも授業までは数分あり、手持ち無沙汰な時間を過ごす羽目になりそうだと思った心奏かなでは何気なしにスマホを取り出す。


「あれ、通知……」


 全然気づかなかった。そういえば土曜日に心音ここねからあったチャットにも気付かなかったな。

 ただ、心音ここねとは先程話をしたばかりだし心羽みう心梛ここなだろうなと思いながら内容を見る。


『ごっめ~ん、卵腐ってたかも。ってお母さんが』


 心羽みうから送られてきたそんな文面を見た途端、心奏かなでの腸の辺りが大きくうねったような気がした。


「だあぁぁ……酷い目にあった」


 昼休みが始まってすぐに送られていた心羽みうのチャットを見ていればこんなことになっていなかったのに、とスマホを見てみるとチャットアプリの通知を切っていた。以前心羽みうと軽く喧嘩をした時に怒りの鉄槌スタレン攻撃を受けて、個人のチャットをミュートにするのも面倒だからとアプリそのものの通知を切っていたらしい。


「授業始まってるし……まあ、一回くらい遅刻したところで問題はないか。確か午後一発目の授業は、ああ、義弘よしひろ先生か」


 二年二組担任義弘先生。この名前を初めて聞いた時皆男の中年かそれより老けた先生を想像したのだが、これが新任の女の先生なのだ。皆が驚いている中にされた自己紹介が義弘心美ぴゅあ先生だった。

 無論、失笑である。

  

 外見が小柄で童顔、年齢も近しいということもあって皆からは人気者なのだがぴゅあ先生と呼ばれると顔を真っ赤にして恥ずかしいからやめて! と怒るので皆面白がって呼んでいる。

 心奏かなでとしては本人が嫌がっているし男っぽいし古臭いが義弘先生と呼んで欲しいと言っているので義弘先生と呼ぶべきなんじゃないかと思っている。


 そんなことを考えながら手を洗うために水道へと向かう。手を洗い、拭いているところで目の前の鏡に視線が向かった。


「そういえば、誰も髪切ったのに気付かなかった。いや、気付いてもいちいち声なんてかけないか」


 登校中、心梛ここなには皆に囲まれちゃうかもねなどと言われたか案の定そんなことは無かった。昼休みに一緒にいた心音ここねですら何も言わなかったのだし、やはり心奏かなでのことなど微塵も気にしていないのだろう。たぶん、アニメを知っている人、程度の認識に違いない。


「まあひとまず、授業戻るか」


 それから一分と経たずに教室に戻った心奏かなでは、どうやら教室では行方不明扱いをされていたらしく、痛く義弘先生に心配されてしまった。ただ体調がよくなかっただけですよ、というと更に心配されてしまって、髪とは全く無関係の所で注目を集めてしまった心奏かなでだった。

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