第一章 以上の条件から点と点との距離を求めなさい

第一節 ネッ友とオフイベ

第9話 幼馴染と一緒に登校

 週末が明けて月曜日。

 いつも通り無気力に学校に向かう心奏かなでの肩を叩くものがいた。


心梛ここな?」

「うん。心奏かなで君、おはよう」

「ん、おはよ。今日は心羽みうとは行かないのか?」


 心奏かなで心羽みうは同じ家だし、心梛ここなは二人と隣の上に住んでいる。けれど、基本的に心奏かなでは一人だけ早めに登校し、二人は一緒に遅く登校している。

 心羽みう曰く、心奏かなでとは一緒に歩きたくないのだそうだ。


「うん、心羽みうちゃん忘れ物したんだって。待ってるよって言ったんだけど、先行っててって聞かなくて。心奏かなで君が出たばかりって言うから、追いかけて来ちゃった。あ、今更だけど、一緒に行ってもいい?」

「別にいいけど」

「よかった」


 心梛ここなは綺麗に笑う。心奏かなでにはこんなに綺麗な笑顔を浮かべられる自信はない。心梛ここなの笑顔には一切の混じり気がない。整っていて、見ていて美しいと思える。芸術作品のような笑顔。


「か、心奏かなで君? そ、その、私の顔になんか付いてる、かな?」

「えっ、ああいや、なんでもない」

「そ、そう?」


 心梛ここなの笑顔を分析するのに夢中でこちらが相手を覗くとき相手もこちらを覗いているということを忘れていた。

 心梛ここなは不思議そうに小首を傾げるだけで追及することは無かったから助かったものの、あまり誰かの顔を注意深く観察するのは止めた方がいいかもしれない。


「……なあ、心梛ここな。聞いてもいいか?」

「いいよ、どうかしたの?」

「少しおかしな質問にはなるんだが、心梛ここなは何人くらい、人の顔と名前をセットで覚えられてる?」

「え? セットでってことは、名前と顔が一致する、ってことだよね」

「そう」

「そうだな。中学生の頃の同級生は、ほとんど覚えてるかな」

「マジか」


 百人以上いたはずだが。


「あ、でも名前を見たら顔が浮かぶとか、顔を見たら名前が出て来るとか、そんな感じだよ? 皆完璧には覚えてない。高校は、去年のクラスメイトは大体覚えてるけど、今年新しくクラスメイトになった子は全員は覚えられてないかも。それがどうかしたの?」

「あー、いや、ちょっとな。参考にしたくて」

「参考? なんの?」

「まあ、少しな」


 まさかほとんど覚えているとは。流石は心梛ここな、成績学年上位者と言ったところか。生徒会所属と言うこともあるのかもしれない。自信をもって覚えていると言えるのが心羽みう心梛ここなしかいない心奏かなでは少しだけ危機感を抱いた。

 先日も、どこかで見覚えがあるという確信を持ちながらも誰か分からない、なんてことがあったばかりだ。心奏かなでの関心のあるなしもそうだが、相手にとって迷惑になることがある。


 やっぱりもっと、他人に対して興味をもって接するべきなのかもしれない。


「あれ? 心奏かなで君、前髪切った? 一昨日より短くなってない?」

「ん? ああ。少し、邪魔だったから」

「へぇっ! いいよ、似合ってると思う」

「似合ってるとかよく分からないが、そうか。それはよかった」


 しかし、心梛ここなはよく気付いたな。結構細かい変化だと思うのだが。なんて考えながら、今までは視界の半分近くを覆っていた前髪の先端を心奏かなでは触ってみる。


「あ、ちなみに安心しろよ。切ったのは俺じゃなくて心羽みうだ」

「別に不安になんてなってないよ」


 くすくす、と可笑しそうに心梛ここなは笑う。何がそんなに面白いのか分からないが――


心梛ここなの笑顔って、綺麗だよな」


 ――そんな綺麗な笑顔が見られるのなら、なんだっていいか。


「ふぇっ!? え、えっと、ありがとう、ございます……」


 心梛ここなは火を出しそうなほどに頬を赤くし俯いてしまった。

 しまった、口に出していたか。キャラのことを可愛いとか綺麗とか言う時は大体部屋の中だし、その度独り言のように呟いてしまう癖が出てしまった。変な事を言ってしまったな。

 心梛ここなを見ると、ちらちらとこちらの様子を伺い、目が合うとさっと視線を逸らす。そんなことを繰り返していた。


 ……なんかこれ、恥ずかしいな。自分の言ったことを振り返ってみて、心梛ここなの反応を見ていると少しだけ羞恥心に襲われた。というか、心梛ここなの顔を見れなくなった。


「あ、二人ともやっと追いついた! って、どうかしたの?」


 心奏かなで心梛ここなの間に生まれた微熱は、心羽みうが声をかけるまでしばらく続いた。

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