第8話 動く点の軌道に規則性は無い

「結局大したもの買えなかったわね」

「そう? 午前中よりは成果あったんじゃないかな」


 昼食後に服を更に買い足した三人は帰りのバスの最後尾に並んで座っていた。


「まあそうね。少なくとも外に出ても恥ずかしいなんてことはもうないんじゃないかしら」

心羽みうちゃん、いい加減そういう言い方止めなって。心奏かなで君、昨日までと違ってすっごい格好良くなったよ」


 なんて言う心梛ここなはきっと、その発言は昨日までは格好悪かったと言っているようなものだと気付いていないのだろう。どちらにしても悪気はないのだろうし、世辞だとしてもお礼くらい言っておくべきか。


「そうか? ありがとな」

「うん。ね、ねえ心奏かなで君。また今度、私ともお出掛けしない? 私も、お洋服とか買いたくて。お、男の人の意見を聞いてみたいんだ!」

「俺でいいのか? 大した力にはなれないと思うが」

「う、ううん! 心奏かなで君にしか頼めないし! 暇な時でいいから、ね!」

「まあ、今日のお礼もしたかったし、そうじゃなくてもしょっちゅう世話になってるからな。俺でよければ」

「う、うん! よろしくね!」


 心羽みうを間に挟みながらの会話になってしまい、心羽みうの機嫌を損なってしまったかと思ったのだが、意外とそんなことは無く終始笑顔を浮かべていた。何かいいことがあったのだろうか。

 

「じゃあね、心梛ここな。今日はありがと。ほら、心奏かなでも」

「ああ……心梛ここな、ありがと」

「ううん、気にしないで。それじゃあ、また月曜日に」


 玄関前で分かれて、心梛ここなは去って行く。隣の家へと帰っていく。


「いやー、家が近いっていいよね。すぐ行ったり来たり出来る」

「遅くなって一人で帰る時も特に気にすることないしな」

「ご飯も作ってくれるし、心梛ここなと家が隣同士でよかった。ね、心奏かなで

「え? ああ、まあ」

「あー、心梛ここなはいいお嫁さんになりそうだよ」

「そう、だな?」


 隣の家の玄関の前に立った心梛ここなが、こちらに視線を向けて小さく手を振り、扉を開けて家の中に入っていく。それと見届けてから心奏かなで心羽みうも家へと入った。


「ねえ心奏かなで

「なんだよさっきから、なんかテンション高いな」

「えー、別に? それはそうとあんた、好きな事かいるの?」

「……本当にどうしたんだ? 普段そんなこと聞かないだろ」

「ちょっと気になっただけよ」


 心羽みうは帰ってくる途中から、というよりかは昼食後辺りからずっと機嫌がいい。その時はお昼に食べたラーメンがよっぽど美味しかったのだろう程度に思っていたのだが、そんなことでここまで言い機嫌をキープできるほど心羽みうは単純なやつではない。


「で、どうなのよ」


 キッチンで夕食の支度をしている母とリビングのソファで寛いでいる父にただいまを告げてから、二人は自室のある二階を目指す。


心羽みうが知りたいのは現実でのことだろ? いつわけないじゃないか」

「……その、二次元には当然いますよって言い方何よ」

「そのまんまだよ」

「はぁ」


 心奏かなでの答えが気に入らなかったらしい心羽みうは大仰に肩を落として見せた。ため息も吐き、その呆れ具合を存分の演技力で見せしめそうとする心羽みう心奏かなでは嫌そうに眉を顰めるが、そんな心羽みうの態度はすぐに治った。


「まあいいわ、とにかくいないってことならそれでいい」

「そんなこと知ってどうするんだよ」

「どーもしないわよ。服とか髪を気にしだしたから、もしかしたらって思っただけよ」


 もしかしたら、なんなのだろうか。彼女が出来たんじゃないか、好きな人が出来たんじゃないかって、そういうことだろうか。


「あり得ないな」


 心羽みうが自室に入り扉を閉めたのを見届けてから心奏かなでは独り言ちる。


「誰かを本気で好きになったことなんて、一度もないし」


 このキャラ可愛いなとか、好みかもと思ったことはある。もちろんアニメやゲームのキャラクターにはなるのだが。でも、現実を生きる誰かのことを本気で好きになった試しなど一度もない。

 それどころか基本的に他人より喜怒哀楽を感じにくいのだ。


「誰かを好きになるなんて、どんな感覚かすら分からん」


 心奏かなでには座右の銘のような物がある。

 一つ、世の中の大抵のものはあったら嬉しいが無くてもいい。必要以上を望まぬべし。

 一つ、事実は事実として受け止める。それが自分に対して否定的な内容であろうとも、それを客観的に評価して受け止めるべし。なお、相手の物言いが良くても改善するとは限らない。

 一つ、嫌なことは嫌だとはっきり言う。逃げることは罪じゃない。逃げたいと思えば真っ先に逃げるべし。


 そんなマイルールを抱える少年に、恋はまだ時期相応のものだった。

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