第7話 動くの点の描く軌跡は交わることがある

「へぇ、悪くないじゃない」

「さっぱりするとガラッと印象変わるね」

「でしょ~、たぶん、私に出来る最大の努力よ」


 心奏かなでは三人の言葉を半ば聞き流しながら鏡に映る自分の姿を見つめていた。ほとんど無意識的に、短くなった自分の髪を触っていた。


 意外と、様になっているのではないだろうか。格好いいまでは行かなくとも、普通くらいには。少なからずダサいと手放しに貶されることが無いくらいには、恥ずかしくないくらいにはなったのではないだろうか。

 そんな自惚れを抱くことが許されるくらいにはなれたのではないかと。


「服も心なしか似合って見えるわね。良かったわね心奏かなで、着られ苦しく無さそうよ」

「褒めるならもっとちゃんと褒めろ」

「そうだよ、心羽みうちゃん。心奏かなで君、格好いいよ」


 格好いい、か。


「世辞でも嬉しいよ。ありがと、心梛ここな

「お世辞じゃないんだけど……うん、どういたしまして」

「それじゃあ、さっさと服選びに戻りましょう。心奏かなで、代金はしっかりと払っておくのよ」

「分かってる。ただで帰ろうとなんてしない……えっと、幾らですか?」

「ん? カットだけだし、この額かな」


 美容師さんが指差した金額表の数字を見て心奏かなでは眉一つ動かさずに財布を取り出す。


「あら、予想が外れたわね。てっきり高いだ何だと言うかと思ってたわ」

「言うかよ。値段に見合っていると思ったからな」

「お、嬉しいこと言ってくれるね。また来ておくれよ」

心羽みうに聞いて、タイミング見てきます」

「ええ、そうしてね。それじゃあ、またね!」


 そんな風に見送られて美容院を後にした心奏かなでたちはショッピングモールへと戻る。戻った先で、開口一番。


「お腹空いたわね」

「いやまあ、そうだとは思うんだけどな」

「なに、何か文句あるの?」

「文句って言うか……ああもういいや」

「ん? 何なのよ。とにかく、フードコートに行きましょう」


 先程美容院への人の入りが無かったのにはちゃんとした理由があったのだと心奏かなでは今になって気付く。時計を見ていなかったから分からなかったが、美容院に入った時点でちょうど昼時だったらしい。既に十三時を過ぎ、三人とも空腹だった。


「で、何食べるんだ」

「皆勝手に選べばいいでしょう? そのためのフードコートじゃない」

「それじゃあ、私はおうどんにしようかな」


 四人用の席を取るために心奏かなでを残し、心羽みう心梛ここなはそれぞれの食べたいものがある店へと向かった。


「置いて行かれてしまった……まあ、いいか。どうせ順番は回って来る」


 なんて呟きながらスマホを開く。何か面白い情報はないだろうか。SNSを数分巡るうちに、あー、スプリングに待ち合わせの場所と時間でも確認するかと思い至る。特段焦る事ではなく、どうせ今晩も一緒にゲームをするのだからその時でいいのだけれど、思いついたことをその場でやり終えなければ気が済まない自分の質を心奏かなではよく知っている。

 少しだけ、面倒くさいと自覚している。


「えっと、どこだっけ」


 チャットアプリをスマホで使うのは慣れていない。どこにあっただろうか。


「ああ、あった。って、ん?」


 アイコンの上に5の文字を見つけた。


「通知?」


 どうせスプリングからだろうなと思いつつ、あいつがどんな用だろうと首を傾げながらにアイコンを触ると、少し見慣れない光景が見えた。


心音ここね……」


 そういえば連絡先を交換して、アニメをおススメしたっけか。返信、見ていなかったな。そんなことを考えながらなんと返信があったのか読もうとしていると、すぐ隣から声が聞こえた。


「えっ?」


 心奏かなでが声の聞こえたほうを向くと、驚いた顔の、見覚えのある顔を見つけた。最近、見たことがある気がする。どこで、だろうか。

 その子としばらく目が合った。ボブカットで、綺麗な顔立ちをしているように見える。肌白で、唇の淡いピンクが映えていた。


心音ここね、どうしたの? 行くよ」

「あ、うん、待って!」


 どうやら連れがいたらしい。呼ばれて、慌てた様子で駆けて行った。彼女の名前のような物を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、一瞬のことで聞き逃してしまった。結局、誰だったのだろうか。それともただの勘違いだったか。


「ま、いいか。えっと……」


 そんなことは置いておいてスマホの画面に視線を戻す。そこにはありがとうの文字とスタンプ、その後に二日くらいの間をおいて今朝方に送られたこの作品面白かったよと画像の添付とスタンプが並んでいた。

 そういえばあれ以来話をしていなかったか。面白いと思ってくれたのなら何よりだ。

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