第4話 点はグラフ上を不規則に動き続ける

「へぇ、こういうことだったのね。確かにやってみれば簡単だわ」

「そうだね。でもやっぱり心奏かなで君が教えるのが上手だからじゃないかな。ありがとう、心奏かなで君」


 ダイニングテーブルの上で勉強道具を開いてから三十分も立たないうちに、心羽みう心梛ここなの二人は分からないといっていた部分を完全に理解していた。


「元々二人とも勉強苦手じゃないだろ。そっちの覚えが速いんだよ」

「なんだ、分かってるじゃない」

「こら、心羽みうちゃん、駄目だよちゃんとありがとうって言わなきゃ」

「えー? 別にこんなのいつものことよ?」

「いつものことでも、だよ」


 人差し指を立て、心梛ここなは子どもを叱るように言う。


「いつものことだからって感謝を忘れちゃ駄目。それが他の誰かにとっては普通じゃなかったり、相手にとっては普通じゃなかったり、いつか普通じゃなくなったりすること、心羽みうちゃんなら分かるでしょ?」


 優しい声音ながらもぴしゃりと言われて、心羽みうはうっ、と言葉を詰まらせる。


「それもそうね。……一応感謝しておくわ、心奏かなで、ありがと」


 どこか気恥しそうに、それでも目を逸らさずに心羽みう心奏かなでに言う。それを聞いて、心奏かなでは表情一つ変えずに頷いた。


「ん」

「ちょ、もっと何かないわけ?」

「何かって?」

「どういたしましてとか、そういうの」

「ああ、そうだな。どういたしまして」

「……ああもう、私が馬鹿みたいじゃない」


 そう言って頭を振った心羽みうは切り替えるように声を張る。


「まあ、とにかく分からないところはもうないから部屋に戻っていいわよ」

「そうする……っと、待った。二人に聞きたいことがあるんだった」

「なに、珍しいじゃない」

「私で力になれることなら、なんでも聞いて」

「まあ、たぶん二人なら分かると思うんだけど」


 きっとしばらく悩んでいたのだろう。口に出そうとしてやはり理解できなかった心奏かなでが眉を顰めながら訪ねる。


「女子と一緒に出掛ける時って、何着ればいいんだ?」


 その問いに、場は騒然とした。

 心羽みうは動揺のあまりかけていた勉強道具を落とし、心梛ここなは膝から崩れ落ちた。


「……え、どうしたんだ?」

「あ、あああああんた!」


 詰め寄った心羽みうが力強く心奏かなでの両肩を掴む。


「彼女出来たの!?」

「嘘……心奏かなで君に彼女……そんなの、嘘……」

「ねえ! いつから!? どんな子!? 住所は!? 今からカチコミに行ってくるわ!」

「二人とも落ち着けよ……というか心羽みう、俺に彼女が出来たとして何をするつもりなんだよ」


 心羽みうは大声を上げて心奏かなでを問い詰め、心梛ここなはうわごとのように何かを呟く中心奏かなでは冷静だった。


「彼女じゃない。心羽みうなら知ってるだろ。ネッ友と遊びに行くんだよ。ゲームのオフイベにな。そしたらそいつが、私と歩いても恥ずかしくないようにちゃんとオシャレして来いよ、って」

「はぁっ!? 何なのそいつ! デート!? なに、彼女でもないのにデートのお誘い!?」

「デート……私だって一緒にお出掛けなんてもう何年もしてないのに、デート……しかもインターネットのお友達……」

「ああ心羽みういい加減揺らすのを止めろ! 心梛ここなは戻って来い! なんて言ってるかは聞こえないけど怖いんだよ!」


 心奏かなでがやっとの思いで場を沈め、夕食と同じ配置にダイニングテーブルを囲うまでに三十分以上かかった。

 そして事の顛末を事細かに心奏かなでが説明すると、二人はまだ納得しきってはいない様子だったが首を縦に振った。


「なるほどね、被告人の言い分は分かったわ」

「で、顔合わせもしたこと無いのに合いたいなんてほざく不埒物はどんな人なの?」

「なあ心梛ここな何があったんだ? 目が怖いんだが……」

「何もないよ? うふふ」


 心梛ここなは笑っているはずなのに、心奏かなではどういうわけか見つめられて背筋が伸びる思いだった。


「別に、おかしなやつじゃないよ。ちょっと変わったとこはあるけど、普通の人。……たぶん」

「そこはちゃんと庇ってあげなさいよ……一年以上の付き合いなんでしょ?」

「いや、悪い奴じゃないのは確かだ。確かなんだが……」


 普段のスプリングの様子を思い出し、心奏かなでは難しい表情を浮かべる。


「変人なのも、確かなんだよなぁ」

「そんな人と会うのは止めなさいよ……」

「ごもっともだ」


 心奏かなでから聞いた話だけではそんな結論に至るのは当然だと、心奏かなで自身思ってしまった。

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