第3話 グラフ上の点の数に限りはない

心奏かなで、ご飯よ! さっさと降りてきなさい!」


 スプリングが心奏かなでを誘った直後、心奏かなでの部屋に扉越しにだが声が響いた。


「あ、悪い、呼ばれてる。それじゃあまたな」

『うん。来週、忘れないでよ』

「どうせ毎日一緒にラフオブやるんだし、忘れないだろ」

『それもそっか。それじゃ、また明日』

「ああ」


 心奏かなでは少しの余韻の後でボイスチャットを切り、ヘッドセットを外す。デスクトップパソコンの画面を消して部屋を出た。そのままの足で階段を下り、リビングに向かう。


心奏かなで、遅いわよ。食べちゃおうかと思ったわ」

心奏かなで君、こんばんは。お邪魔してるよ」

「ん」


 リビングに向かうと、二人の女子が心奏かなでを待っていた。

 片方は緩い部屋着を纏ったポニーテールの少女。もう片方は着飾ってこそいないがもう一人よりは外見に気を遣って良そうな格好の長髪の少女。


 フォークを持ったままポニーテールを揺らして言う。


「どうせまたネッ友? とゲームでもしてたんでしょ」

「そうだが、何か悪いのか? 心羽みうが友達と遊びに行くのと何ら変わらないだろ」

「いやいや、流石にそれはないって」


 心羽みうが呆れたように肩を落とすと、それはいいから、ともう一人の少女が言う。


「ほら二人とも、早く食べよ。冷めちゃうよ」

「あ、ごめん心梛ここな心奏かなでが余計なこと言うから怒られちゃったじゃない」

「なんで俺なんだよ……。悪いな心梛ここな。それじゃ、食べるか」

「うん、召し上がれ」


 四人がけの机に心羽みう心梛ここなが隣同士に並び、心奏かなでは心羽 《みう》の正面に座る。

 そんな日常風景の中で、三人は時には雑談を交えながら夕食をとった。


「ご馳走様。それじゃ」


 食後、食器を片付けた心奏かなでが早々に立ち去ろうとすると、それを心羽みうが呼び止める。


「ちょっと待ちなさい心奏かなで

「ん? なんだ?」

「私の勉強見て行きなさい」

「何で上からなんだよ……」


 言いながらも断る気はないのか心奏かなでは踵を返す。


「というか心梛ここなじゃ駄目なのか?」

「実は私も分からないところなんだ」

「あー、てことは数学か」

「そう! ほら、ここよここ!」


 食事を終え、物のなくなっていた机の上に広げられた教科書を心羽みうが指差し、心奏かなでがそれを覗き込む。


「あー、ここな」

「はい? 呼んだ?」

「違う、呼んでない。……これは一見すると複雑そうな式だけど分解して考えれば簡単だぞ。取り合えずこの数式を記号に置き換えて計算してみろ」

「何で上からなのよ」

「教えてるからだよ……」


 心奏かなで心羽みうの態度に肩を落としていると、心梛ここなが小さく笑った。


心梛ここな?」

「あ、ごめんね。でも、二人はやっぱり双子なだけあって似てるなって」

「はぁっ!? 全然似てないわよ! これのどこと似てるって言うの!?」

「声がでかい……心梛ここなから見てそんなに似てるか?」

「うん。もう十年以上一緒にいるけど、似てるなって思うよ。たぶん、性別が入れ替わったらそのまま同じ人になるんじゃないかな?」


 幼馴染の言うことなら間違いないのだろうかと心奏かなでが納得しかけているところに、心奏かなでの鼓膜に心羽みうが追い打ちをかける。


「いやいやいや! どうしてこんな友達ゼロの根暗と同じになるの!?」

「ああだから声がでかいって言ってるだろ! あと根暗は止めろ! 普通に悪口だろ!」

「だから何よ! あんただって声がでかいって言ってるじゃない!」

「事実だろうが!」

「根暗だって事実でしょ!?」

「んだと!?」

「なによ!」


 ダイニングで放たれた二人分の怒号が響く中、心梛ここなは小さく笑う。


「やっぱりそっくり」

「「どこが!?」」

「ほら、息ピッタリ」


 堰を切ったように笑いだした心梛ここなを見て毒気を抜かれたのか、心奏かなで心羽みうは互いを見合わせて口元を緩める。


「はいはい、そういうことにしておくわ。それと心奏かなで、まだよく分からないから教えて頂戴」

「分かった。心梛ここなも一緒に聞くか?」

「うん、ぜひ」


 目元に浮かんだ涙を拭いながら心梛ここなは二人の方へと近づいた。

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