第15話 緊急事態。
謎の男の登場により、王国御三家大会は不穏な空気に包まれた。
突如として現れた不審者に対し、選手たちは種目以上の緊張感を持つ。さらには臨戦体制を強めていた。
『王国御三家大会はぁ、俺たち【アルマノギア】が乗っ取らせて貰うよぉ……』
「アルマノギア……?」
聞いたことのない組織名だ。
全身を黒いローブで包んだ謎の男。謎ではあるが、あのローブ……何処かで見た覚えがある。
『俺たちの望むものは世界の崩壊……今からすることに、君たちは邪魔なんだよねぇ……だからさぁ、消えてほしぃんだぁ』
謎の男は僕らの反応に構わず、自分たちの目的を淡々と話す。まるで、僕らが眼中に無いとでも言うように。
「何を言って……!?」
一人の選手が言葉を溢した。
この人だけじゃない、僕や他の人たちも同じように思っている事だろう。それほど、あの男の存在は謎に満ちていた。
誰もが動くに動けない時間を過ごしている最中、会場外のそこから轟音が響き、六つの光の柱が出現した。
「なんだ!?」
会場に焦りが見えた。
『今、王国全域に魔物を放ったよぉ。助けに行かないと、みんな死んじゃうよぉ?』
男は早く助けに行けよと言うように、僕らを急かす。奴の掌の上で踊らされているようにしか思えないけれど、ここで動かない人はいない。
自然と動きが見えた。
「くそ……!!チェグレット家は俺に続いて、民間人の保護に努めろ!!」
チェグレット家のリーダーらしき人が声を上げ、兄弟たちをまとめ上げる。彼らは隊列を組み、会場の外へと走り去っていった。
それを見て、ウィルムンド家も動く。
「我らウィルムンド家は魔物の討伐に専念しろ!!一人の犠牲者も出すな!!」
ウィルムンド家のリーダーが統率を取り、チェグレット家の後を追って去っていった。
その様子を高みの見物を決め込んでいた男は、都合が良いように眺めていた。
『良いなぁ。これが王国御三家の団結力……』
男はクククと笑みを漏らす。
この場に残るのは僕とタルラ姉さんだけ。早いところ、合流しておいた方が良さそうだ。
と考えていると、馴染み深い声の持ち主が僕らの元に駆け寄ってきた。聞いていると、心の底から安心できる……姉の声。
「クルフ、タルラ!!」
「カナハ姉さん!!」
僕らの元に駆けつけたのはカナハ姉さんだった。手に馴染んだ剣を片手に、何の防具も装着しないでここに来ている。
「カナハ姉!!」
カナハ姉さんの到着を見つけて、近くで待機していたタルラ姉さんがこちらに来る。良かった、怪我は無いみたいだ。
カナハ姉さんは僕らの無事を確認すると、アルセイダー家の現場長として冷静に指示を出した。
「あなた達はサクナとリチェルと一緒に、出来る事をしてください。勿論、命大事にです」
カナハ姉さんらしい簡素な指示だ。でも力量に合わない事はさせない、カナハ姉さんらしい指示である。
「カナハ姉さんはどうするんですか!?」
僕は問う。
「私はあの男を捕らえます。大丈夫です、すぐに追いつきますよ」
カナハ姉さんは当然のように言う。
だが、それはまずいな。
異世界アニメの典型例に基けば、ここでカナハ姉さんを男と戦わせた場合、もう二度と帰ってくる事はないだろう。
大切な姉をここで失うわけにはいかない。
「ほら、行って!!」
カナハ姉さんは僕らをフィールドの外へ繋がる道に連れて行き、早く行くように催促する。
でも、やっぱりここで姉さんだけを置いていけば、もしかしたらがあるかも知れない。それだけは、起こしちゃならない。
僕はカナハ姉さんの背後に回り込むと、姉さんの背中を突き放し、フィールドの中と外を阻む壁を作った。
「クルフ……!?」
困惑するカナハ姉さんの声が聞こえる。
僕は姉さん達に背を向けて、男の元へと向かう。
「カナハ姉さん、ここは僕に任せてください。その代わり、タルラ姉さんたちの事、頼みます」
家族のことを、カナハ姉さんに託して。
「クルフ……!!クルフ!!」
タルラ姉さんの叫び声が聞こえるが、僕は足を止める事は出来ない。家族を誰一人として死なせない為にも。
「お願い、しましたよ……」
「分かりました……ですが、絶対に無事に帰ってきてくださいね」
姉さんたちが走っていく音がする。
もう後には引けなくなった。
「さぁ、君の相手は僕だよ。不審者さん?」
男に対し、少し挑発的な口調をとってみる。
彼は僕を見ると不思議そうに首を傾げたが、その後すぐ、何か都合がよさそうに笑い始めた。
「残ったのが子供一人ぃ……でも君とは。運のいい事も、あるんだなぁ!!」
「僕のこと、知ってるんだ」
僕は心の底から知らなそうな顔をする。どんな顔かって?僕が分かる訳がない。まぁ、ギャグ漫画みたいな感じじゃない?
「知ってるさぁ。でも、君は知らないみたいだねぇ、悲しいなぁ」
男はちょっと悲しそうだ。それに何とも言い難い表情を返されて、どんな言葉を返せば良いか分からない。
うーん。どうしたものかぁ……上司向けのやつ言うか。
「思い出せるように善処しますね」
はい、これ。
で、本題。
どうやら彼は僕を知っている。しかし、僕は彼を知っているという記憶はない。厳密に言えば、彼だという確証のある人物が記憶にない。
彼の情報量があまりにも少ないからだ。
今からゆっくりと探るのもありだが……彼の様子を観察しているが、そんな余裕は与えてくれないようだ。
「あぁ……じゃあ今から計画を進めるよぉ。王国御三家がこうも簡単に散ってくれたぁ今じゃないとぉ、進めようがぁないからねぇ」
男は計画だか何だかの話の続きを始めた。
いや、それも大事かもだけどまず最初に確証を得るための材料をくれ。ちょっと気になり始めてんだよ。
でも安心して欲しい。僕クルフ・アルセイダーは、空気の読める男だ。何てったって、女装メイドだからね!
なので一旦話に乗っておこう。
「何をする気だ?」
真剣な面持ちで僕は問う。
男は両手を大きく天に掲げる。
「言っただろぅ?俺たちの目的は世界の崩壊ぃ!!その為にあの方が指示したことは三つだぁ」
つまり世界の崩壊が大元で、それを実現する為にあの方って人?存在?が指示を出したと。で、それが三つあると。
一回いっかい整理しないとややこしくなりそうな話だ。
「考えるの面倒だからさ、それ言ってくれない?」
僕は素直になる。
「勿論話してあげるよぉ?二つ目までだけどぉ」
「勿体ぶるね」
多少勿体ぶっているけれど、どうやら二つ目までは話してくれる寛容な敵らしい。でも気になる、三つ目が。
何処かモヤモヤとした気持ちを抱えつつも、男は新情報を連発し始めた。頭パーになりそう。でも聞かないと詰むので頑張ります。
「一つ目は王国御三家を散り散りにした後ぉ、王都に魔人を召喚するよぉ。ただでさえ強いのに、戦力が分散した今じゃ、どうなるかなぁ!?」
「そりゃ、大惨事だね」
平然を装ってみたはいいものの、戦力分散の上で魔人の召喚をされて仕舞えば、普通に危機と言える。
魔人というのは生贄を投じることで魔界から召喚できる存在で、一体召喚にかかるコストは人換算で100人。しかし、それに見合う強さを持っており、王国御三家といえども単独撃破は厳しいものだ。
一体召喚ならまだ行ける。仮に魔物を撃破しながらだとしても、終結までに大した時間は要さない。
だがそれが複数召喚の場合、話は変わってくる。魔物を相手しながらの魔人との対峙は、戦力分散も相まって成功確率が薄い。
王国御三家に任せるしかないけど、大丈夫か心配だな。せめて姉さん達やレクナには死んで欲しくない。出来るだけ集まっていて欲しいな。……セノアにも。
僕の試行錯誤に構うことなく、彼は二つ目を話す。
「ククク……二つ目は、その流れでの王国御三家の抹殺だぁ。俺たちの計画に、君たちは邪魔なんだよねぇ」
「まぁ、それは想像通りだな」
うん。戦力分散からの魔人召喚で、そこはおおよそ想像がついている。別に要らない情報に近い。
けれど、一つの大きなピースとも言えることが出来る。それが、魔人召喚は王国御三家の抹殺にも繋がるということ。
魔人召喚が抹殺を確かなものにするための行為であるとすれば、多分複数体は召喚される。
結構まずいな。
王国御三家が敗北するとなれば、もう王国に勝てる人間はいない。帝国という場所が何処かにあるとは聞くが、勝てる人がいるとも限らない。どちらにせよ、世界の崩壊には近づく。
誰一人として、負けることは許されない。
「じゃあ無駄話もこれくらいにしてぇ、さっさと魔神を召喚しちまおうかぁ!!」
彼は右手に魔力を溜め込むと、躊躇いなくそれを地面に叩きつけた。フィールド全域が、禍々しい紫色に光り輝く。
「典型的な召喚魔法……多分だけど、お前を倒せば魔法は効力を失うんだろ?」
僕は仮説を投げかける。
「それはどうかなぁ?やってみたまぇよぉ?」
彼は余裕綽々とした感じで僕を挑発する。
「お言葉に甘えてッ!!」
僕は魔力で剣を生成すると、一目散に彼向けて斬りかかる。が、彼は容易く僕の攻撃を受け止める。指二本で。
もう一度言おう。指二本で。
「ククク……まだ、死ねないんだよねぇ」
「受け止めのは良いけどさぁ、なんで指二本で止めるかなぁ。自信無くすって」
さっさと終わらせたいところだけど、サクッと倒せる雰囲気は、何処にも漂っていやしなかった。
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