第7話後編 万能殲滅──リガド。

「じゃあ、頑張ってこい!」


 神が僕の胸を叩くと体が浮遊感に襲われる。


 吹き荒れる暴風が、僕の体を左右に上下に揺らす。少し気持ちは悪いけど、やるしかないんだ。


 考えろ。頭を空にしろ。


「これが最強の一端……」


 脳内は無数の光で満ちていた。


 かつて無限の暗闇だった場所は、もう何処にもない。今は現代社会の街並みのように、光が絶えない。


 違う点は、脳内の光の方が綺麗だということ。


「確か、一瞬で構築しろって言ってたよな」


 神の言っていたことを思い出し、僕は脳内に一つの魔法を構築した。


 誰も死なせないために、この世界の法則を破壊する。全ての属性の魔力を掛け合わせ、新しい魔力の属性を生み出す。


 そうする事で、誰も対応出来ない不可避の攻撃魔法が誕生する。僕だけの、最強。


 基本の火属性と水属性を混ぜ、紫色の魔力を作る。そこへ同じく基本の風属性、土属性を混ぜて更に暗く深くしていく。


 駄目だ。まだ足りない。


 そこへ負荷を加え続ける。


 上位属性の炎属性、氷属性、嵐属性、岩属性も織り交ぜ更なる黒を生み出す。


 まだだ、まだ足りない。


 希少属性の光属性も闇属性も混ぜ込み、今できる最大限を詰め込む。そして、黒を漆黒に染め上げる。


 最後だ。もう一回、全部一気に流し込む。


 あとは今まで溜め込んできた知識との戦いだ。失敗すれば、僕はもう魔力が使えなくなる可能性がある。


 でもいい。誰かを守れるのなら、僕は!!


 僕の想いに反応したのか、漆黒の魔力は内側から強い光を発し、純白の魔力を生み出した。


「完成した……万能属性」


 これが、僕の魔力。


 体に万能属性の魔力のみが満ち溢れ、他属性の魔力が失われてしまったことが分かった。


「全部使い果たしたか。……無意識でやってたけど、全属性あったのか」


 でも良いんだ。これで、師匠たちを守れる。


 落ちていく体の流れが異様に遅く見える。いや、全ての時間が遅く流れているようで、何処か不思議だった。


 神から与えられたこの能力は、僕の努力によって力を強めていくらしい。だから、僕はこれからこの魔力と向き合っていく。


 この魔法は、その始まりに過ぎない。


 いわばレベル一。でも、弱くはない。


 僕は息を整え、腕を前に出し、ドラゴンを目掛けて魔法を発動させる。


「────万能殲滅【リガド】」


 刹那、世界から数秒だけ色がなくなった。


 世界全体を僕の魔力が包み込み、ドラゴンに向けて万能属性の一撃が放たれる。


 何一つのカッコいいエフェクトはない。


 ただ一閃の光がドラゴンに直撃する。


 光に撃たれ命を落としたドラゴンはかつての主人に向けて、大きな体を倒す。フードの集団はドラゴンの下敷きとなり全滅した。


「あとは師匠たちがどうにかしてくれるだろう。」


 僕はそう信じ、魔法【浮遊】を再度発動。どうやら、属性のある魔法以外は万能属性でも発動が可能なようだ。


 これで一件落着。


 さて、早いうちに師匠には帰ってもらわないと。夜が明けると面倒だ。


「ん?」


 凄い仮面侯爵が僕の方を見ている。


 まさか、一瞬で魔法の発生源を捕捉した……とか。いや、そんな確率は少ないか。


 でも、何でだろう。仮面の内側から、僕の姿をその瞳に焼き付けているようにも感じられる。


「……っまさか!?」


 僕は一つの可能性に気づく。


 何者かの攻撃を受けた時、解除していない魔法【浮遊】が自然解除されていた。という事はつまり、【隠密】も……


 僕は仮面侯爵を見た。


 すると、彼の仮面に少しづつヒビが入っていく。ぱき、ぱきと音を立てるように少しづつ。


 見入っていると、その仮面が割れ、素顔が顕になる。


「……ああ、完全に見えてますね」


 仮面侯爵の姿、彼女の瞳には大粒の涙浮かんでおり口が「ありがとう」と動いた。声は聞こえずともわかる。


 メイド服は着てないし、多分この先当分会うこともないだろうし……師匠にはバレてないから別にいいか。


「────【隠密】」


 もう一度姿を消して、師匠が帰るのを待つとしよう。早く終わるといいけど。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 クルフが姿を消して潜む中、地上では仮面侯爵とクルフの師──ジェドリックが後始末に追われていた。


「これは明らかに人為的な攻撃魔法。ですが、感じたことのない波の魔力。一体誰が……?」


 何処からか現れた光によって始末された敵たちを前に、ジェドリックは頭を悩ませる。


 命を救われたという事実は大事だが、それよりも前にこの国にここまでの魔法使いがいたか分からない。


 新手の刺客の可能性も否めない。ジェドリックは気を緩められなかった。


「大丈夫です、ジェドリック殿。私は魔法を放った方をこの目で見ました。ですが、悪事を働いている人ではなさそうです」


 頭を抱えるジェドリックに仮面侯爵は助言する。


 しかし、そう簡単に鵜呑みにする訳にもいかずジェドリックの心配は解消されなかった。


「まずは、生き残れたことを嬉しく思いましょう。ジェドリック殿、この度はありがとうございました」


 仮面侯爵はジェドリックに深々と頭を下げる。その気持ちに嘘偽りはなく、本当の感謝を持って彼に頭を下げている。


 彼は慌てて止めるも、彼女は数秒間頭を下げ続けた。


 やっと頭を上げたかと思えば、ジェドリックは仮面侯爵の真実を知ることになる。


「────やっぱり、女性だったのですね」


 クルフを見た時に仮面は砕け、顕になったままの素顔。彼はそれを見て、少しだけ驚く。


 しかし、以前会ったときに何となくは予想がついていたので大した驚きは無かった。ただ、疑問が晴れて少しだけスッキリした。


「ええ、私は女です。仮面をつけているのは、幾ら実力を積んでも、女だと当主にはなれないからです」


「確かに、アルセイダー家なら兎も角……他の貴族は女性が当主になる例は極めて少ないですからね」


「だからつけていた……のですが、もういりませんね。貴方だけならまだしも、くだんの方にも見られてしまった。もうつけませんよ」


 しんみりとした雰囲気が辺りを包み込む。だが、そこへ異物は足を踏み入れる。


「あれれ、要請場所に来てみれば……ドラゴンもフード集団もいないみたい。ま!何にせよ、生きてて良かったよジェドリック」


 単独で要請に応じ、到着した一人の男。


「来てもらったのに、すまない。久しぶりだな──スカード」


「おっす!ま、長話もしたいけどその前に夜も深い。今日は帰ろうか」


 スカード・ウィルムンド。ウィルムンド家序列第三位、空間系統魔法の天才。


 クルフが家に帰れたのは、早朝だった。

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