第8話 カナハ・アルセイダーは見た。

 私、カナハ・アルセイダーには弟がいる。


 クルフ・アルセイダー。メイド家系に産まれた史上初の男の子であり、家のせいで女装メイドをやらされている。


 性格もいいし可愛い分、女装させられていることは少し可哀想に思える。けど、我慢してもらわなければならない。……可哀想だけど。


 でも、実際のところはどうなんでしょう。


 私が可哀想と思っているだけで、実際本人はそうは思っていないのかも。


 一度真意を確かめてみましょうか。もしかすると、人知れず自室で涙を流しているのかもそれません。


 今は夜。皆んな寝ている頃合いです。


 では【隠密】で姿を隠し、クルフの部屋に侵入してみます。これは決して弟の寝顔を拝むためとかではないです。お間違いないよう。


 自室を出て、無駄に長い廊下を進んでいく。


 本当になんでこんなに長い廊下を作ったのでしょうか。そのせいで、一々部屋を行き来するのがとても面倒です。


 足も疲れますし、お母様が引退されたら改修案を出してみましょう。皆んな賛成してくれる筈です。


 歩いて五分くらい経ったのち、私はクルフの部屋に辿り着いた。


 別にやましい気持ちとかはないのに、少し緊張します。隠れていても起こすのは良くないので、ドアはゆっくり開けていきます。


 失礼しますと心の中で言い、私は弟の部屋に足を踏み入れた。のだけれど、どうやら先客がいたらしい。


「ふふ、やっぱり可愛い。いつもしっかりしてるけど、寝てしまうと子供そのものね」


 そう、寝ている弟の隣で言っているのは私の妹──タルラ・アルセイダー。生粋のブラコンである。


 彼女はいつも弟に執着している。弟が産まれた時から、彼女は変わった。


 絶対に好かれる姉になると言い、行動や発言には人一倍努力を重ねていた。その結果、十歳児には到底思えない発言をするようになった。


 多分この子はいつか弟と結婚するとか、監禁して自分のものにするとか言い出すのだろう。


 今からでも心配である。だが、この国の成人は十五歳。少なくともあと五年は手を出すことはないだろう。


 まだ、心配しなくてもいい、ですよね?


「クルフはいつも、こうやって耳元で囁かれると少し体が波打つね。本当に可愛い……でも、それ以上をしようとすると絶対に止めてくる」


 なんか怖いです。発言が、幼女を狙う変態のそれではありませんか?


 それに発言のレベルをどうにかして欲しいものです。流石に、ここまでくると成人以上と勘違いされてもおかしくはありません。


 でもそれだけ、弟に姉と慕われたいのでしょう。それ自体は良いことですから、否定できません。


「でも、今なら大丈夫かも。耳に息を吹きかけても、こうして耳を齧ってみてもなにも言わない」


 え、今この子齧りましたよね?弟の耳を?え?え?え?


 可愛い子なのに、本当にどうしてしまったのか。でも止めてしまったら、姉妹としての溝が深まり、話を聞いてくれないかもしれない。


 それだけは絶対にいけません。


 ここは、寝ているのです。弟には少し耐えてもらいましょう。頑張れ、クルフ!


「多分、性的な事をしてもこの子は起きない……よね?でも、さすがに了承なしにそんなことはしないよ……クルフ♡」


 あ、この子絶対狙ってますね。弟のことを性的な目で見てることは確実です。


 けれど、ちゃんと人の心があってよかった。さっきまで弟の股間に手を伸ばして……え、股間!?ちょっと、待って!!??


「だから、今はこれだけ」


 妥協したように呟きながら、妹は弟の耳に口を近づけ舌を入れる。そして掻き回すように、舌を奥へ進めて行く。


 汚されていく、私の弟が!!


 妹はとても幸せそうに顔を赤らめ、鋭い目を細めている。


 何度も。舐めては耳から舌を抜き、もう一度したくなったのか耳に舌を入れるのを繰り返す。


 耳と舌の間で糸を引いている。


「クルフ。お姉ちゃんが、絶対に守るから。……誰にも、渡さないから」


 全身を冷たい何かが支配した。


 怖い。単純に、その一心だった。


「絶対に……離さないから」

 

 物語で恋をしている女の子は、よく目がハートの形になると描写されていることがあります。けど、それは嘘偽りではない。


 だって、本当にハートになっているのだから。


 妹はそう言い残すと、満足したのかその場から立ち上がり、弟の部屋から出ようとした。


 刹那。退出の間際、妹が私のことを捉えたかのように、私の方向へ鋭い睨みを効かせた。


 こっわ!え、私バレていませんよね!?


 私の心配をよそに、妹は何処かにいく。


 た、多分大丈夫でしょう。きっと。


 そ、それよりもクルフは大丈夫でしょうか。耳に充満している唾液を拭き取ってあげたほうがいいのでしょうか。


 一応【隠密】で姿は隠れていますから、変な病気になる前に拭き取っておきますか。


 確かポケットにハンカチがあった筈……ありました。


 これで届く部分は限られますが、全部付着したまま朝を迎えるよりいいでしょう。


 では私もクルフの耳を拭いて、自分の部屋に戻るとしましょ────


「────起きれた。はやく行かなきゃ」

 

 拭こうとした瞬間、弟が目を覚ました。


 危ない。もう少しで耳にハンカチつくところでした。


「って、なんで耳こんなに濡れてるの……?」


 よ、良かった。私もバレていませんし、妹が耳を舐め回していたのもバレていません。


 家族関係は壊れずに済みそうですね。


「ま、いっか。────【完全修復】。────【隠密】」


 ちょっと待ってください。私の弟が急に魔法使い出したんですけど……【完全修復】って何!?


 弟の姿は見えない。だが、部屋の窓が無造作に開かれる。多分そこにいるのだろう。


 風もないのに、カーテンが何か物に当たったかのように翻る。え、まさか飛んだ?


 私は一目散に窓へ駆け寄った。


 屋敷の屋根に飛び降りた形跡がある。


 一体、弟は何処へ?それに、彼が隠していたのだとすると、魔法の才能に長けている。


 もしかしたら、今年は勝てるのかも知れない。


────王国御三家大会に。

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