第3話 サクナ姉さんを倒せ。

「分かりました、サクナ姉さん。僕が姉さんから一本取ってみせましょう」


 僕は前世で培った知識を元に、ガラスの剣を無造作に構えてみる。分かってはいたけど、ガラスの剣の刀身が体に合っていない。


 大きすぎる。それに、重い。


 これでは棒を振り回す子供同然だ。


 ではどうしたものか。即興で直してみて、剣が使い物にならなくなるのは一番避けたい。かと言って、試合中に直すのはリスクが大きい。


 焦るな。焦ると魔法の精度は下がる。


 特に僕のような魔力量が不明な子供は、底が分からないという不安すら魔法に影響するとも言う。


 ならしょうがない。一か八かの賭けにはなってしまうが、ちょっとだけ魔法を使おう。


 姉さんは言った「剣術で一本取れ」と。


 なら勝負の結果は剣術で決める。だが、それ以外の不利は魔法で補う。これならルール違反にもならない筈だ。


 使うのは、身体強化のみ。あと出来ることなら、強度強化を見よう見まねでやってみる。


「いい返事です。ですがクルフ、実力差が大きい相手には下手に出た方が良いですよ。その方が相手の気を緩ませられます」


 サクナ姉さんはこういう場面でも指導をやめない。いや、緊迫した場面だからこそ覚えられると分かっているのだろう。


 本当にサクナ姉さんは凄い人だ。


「肝に銘じます!」


「では、準備を。タルラ、審判をお願いできるかしら?」


「わかってる。私がやるって想像はついてた」


 僕の対面でサクナ姉さんが再度構える。


 そしてその間にタルラ姉さんが立つ。


「ルールは、どちらかの体に刃が付いた方の負け。これでいい?」


 タルラ姉さんは一番妥協ともいえるルールを提案し、サクナ姉さんはこくりと頷いた。


 一応僕にも確認し、僕も了承する。


 両者に確認が取れたことで、姉さんは後方に下がる。


「じゃあ模擬戦、サクナ姉対クルフ。

 それでは──────」


 場の空気が凍りつく。


「────始め!!」


 始めの合図があった途端、サクナ姉さんの体が砂煙を上げてどこかへ消える。一瞬すぎて、全く見抜けなかった。


 加えて閉鎖空間ではないこの状況下で、姉さんがどこに姿を隠しているのか分からない。


 一度でも気を抜いたら、確実に負ける。


 いち早く見つけなければ、姉さん居場所を。


 緊迫した状況は、数分経った今でも続いていた。


 相変わらず姉さんは身を潜めたまま姿を現さない。まるで、僕の動きを観察しているかのように。


 本気で倒しにくるなら、もうとっとくにしている筈。となると別の意図があるに違いない。


 なら今のうちに、剣の改良を───────




「───────よそ見、禁止ですよ?」


 僕が剣を改良しようと動いた刹那、一時の方向からサクナ姉さんが暴風と共に姿を現した。


 危ない。間一髪のところで剣を構えられたから良いものの、笑顔で普通に殺しに来てませんか!?


 姉さんはそのまま僕の剣を弾き、腹部に力強い蹴りをお見舞いする。


「────ッ!!??」


 子供ながら、凄まじい力だ。きっと、身体強化の魔法で強くしているに違いな────え、魔力の光が、見え、ない?


 ちょっと待て、今のが姉さんの普通なのだとしたら……魔法上乗せされたら確実に死ぬ。僕は悟った。


 だったら尚更ぐずぐずしている暇はない。


 【身体強化】で右手を強化。さらに【身体強化】を上乗せして二重強化を施す。加えてガラスの剣に【強度強化】見真似で施す。


 そして強化した右手で剣の柄を、折る!! 


 パリィンとガラスの砕ける音が周囲に響き渡る。


「成功した。これで刀身はピッタリだ」


 僕は右手で素早く剣の柄を折った。ある程度強度が強化されているので、素早ささえあれば柄の長さを調節することも可能らしい。


 さて、反撃開始といこう。


 姉さんに【身体強化】抜きで勝つのは無理に等しい。だから全身に、三重構成で【身体強化】を巡らせる。


 それで強化された足を使って、おもいっきり壁を蹴り飛ばし、姉さんとの距離を詰める。


 姉さんは庭園の中央で、僕のことを今か今かと心待ちにしているようだ。すこし余裕を見せすぎた姉さんを、ここで倒す。


 迫る距離の中、僕は姉さんに向けて剣を振り下ろす。


「流石です、クルフ。姉さんが渡した不親切な剣をその場で改良するなんて、魔法が上手くなりましたね」


 今ので勝ったなんて思っていない。多分こうやって簡単にいなされるのだと思ってた。


「ありがとうございます!!」


 姉さんは再度剣を弾き、僕の体を吹き飛ばす。


 ここまでは大体予想通りの結果である。だから、ここからは本当に賭け。


 僕は姉さんに向けて剣を投げ、彼女の視界を阻害した。姉さんは意図も容易くそれを振り払ってしまったけど、本命はそのまぐれじゃない。


 姉さんが剣に気を取られているうちに、僕は彼女との距離を詰める。強化された脚力を最大限に活用し、子供離れした速度を出す。


 その勢いのままに、姉さんの足を蹴って体勢を崩させる────!!


「────え!?」


 よし、姉さんの身体が宙を浮いた。


 僕が一番賭けているのはこれからすること。【ガラス細工】でガラス剣を作成。それを【強度強化】で完成させる。


 これさえ出来れば、勝機はある。


 第一段階、【ガラス細工】での剣作成は成功。第二段階、【強度強化】による完成作業も……出来た!!


 これを体勢を崩した姉さんに当てさえすれば、僕の勝ちだ。


「クルフ、残念♪」


「……え?」


 僕が剣を当てようとした瞬間、姉さんは身体を素早く回転させ、隙の大きい背中を目掛けて剣を下ろした。


「やっば……!!」


 防御は間に合わなかった。


 姉さんの剣はしっかりと僕の背中に命中。僕を庭園の壁、つまりは窓辺りに弾き飛ばす結果となった。


「勝者、サクナ姉。──ってクルフ、大丈夫!?」


 タルラ姉さんが勝利宣言をすると、僕の元へ一目散に駆け寄ってきた。


「大丈夫だよ、タルラ姉さん。【身体強化】を何重にもしてあるから、多分骨は折れてない」


「よかったぁ……!」


 姉さんは僕を抱いて泣く。それほど心配してくれたのだろう。この家族を、絶対に失ってなるものか。僕は心に誓った。


「大丈夫でしたか、クルフ?」


「ええ、一応。でもサクナ姉さんには勝てませんでした」


 僕の元へ来てくれたサクナ姉さんに、僕は笑顔で返してみせる。内心結構しんどいので、笑顔を作れるだけでも感心して欲しい。


「あれを剣術と言っていいのかは疑問ですが、自分なりに工夫して戦おうとしたのは認めましょう」


「よかったぁ……」


「でも、強度強化の魔法はお預けです。ですが次に来る時は、もっと良い魔法をお教えしますね」


「あ、ありがとう!サクナ姉さん!」


 どうやら勝負には負けたけれど、サクナ姉さんに努力は認めてもらえた……らしい?

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