第2話 メイド家系に転生しました。
人はもしかすると、願う限り夢が叶う生き物だったりするのかもしれない。生前の最期、私は確かに願った。転生という大きなものを。
その結果、私は見事に異世界への転生を果たしていたのだった。
五年前、私は異世界の王国──アイルガンドという国の有名貴族──アルセイダー家の長男として転生した。
長男と言っても末っ子長男で、私の上には何人か姉がいる。まだ全員に会えていないので、その数は不明である。
生まれた当初は「貴族に転生なんて運がいい」と思っていたけど、どうやら家柄がだいぶ特殊な場所に来てしまったらしい。
アルセイダー家は確かに国で有名な貴族なのだが、有名な理由が特殊なのだ。なぜなら、この家はメイド家系として有名だからだ。
噂によると婿入りした者以外に屋敷に男はおらず、決して男の子は生まれて来ていないのだとか。
それらが正しい場合、私はこの家に初めて生まれた男の子となる。
メイドにはなれないだろうけど、異世界の最強執事とかにはなれるのかも!?早速将来が楽しみである。
という事で私が生まれて五年が経過した訳だが……私は今、メイドの修行をさせられている。
「ん?ぁ!?なんでぇえええ!?なんで僕メイドの修行してんのお!?」
私は隣にいる五歳上の姉に尋ねる。
名はタルラ・アルセイダー。僕のことを溺愛してくれていて、いつもそばに居る頼れる姉である。
「しょうがないでしょう?伝統あるメイド家系が突然、男の子が生まれたので執事も排出します!……なんて言えるわけもないし」
姉は私は抱き抱えながら、耳元で低音囁きボイスで答える。いや、落ち着く声なんだけどなんでasmrみたいなんだろうか。
数年間これが続いているから、そろそろ耳でも舐められるんじゃないかとヒヤヒヤしている。
「そうですか……でもだからって、僕のことを女装メイドに育成しなくても」
うん、早めに結論を言おう。私、いや僕は女装させられている。
メイドのイロハを叩き込むのはいいが、来訪者に見つかったらいけないと日々こうしてメイド服を着させられているのだ。
まだ幼児だからいいけど、これを青年期にさせられると考えると……普通に不安である。
「まぁ、いいんじゃない?クルフは元々美形だから、このまま育ったら女装しても恥ずかしくないよ」
クルフというのは僕の名前。
姉は僕をぶらぶら揺らしながら、謎のフォローを入れる。どうにかこの状況を変えるフォローをして欲しいのだが。まぁ、いい。
「そういえば、サクナ姉さんはどこへ?」
「サクナ姉はいつものとこ。魔法を教えて貰いに行くなら、私もついてくよ」
「じゃあ早速、サクナ姉さんのとこへ!!」
「そ・の・ま・え・に、お仕事終わらせてからね」
「……はーい」
サクナ姉さんは僕と七歳離れた姉で、魔法が得意な人だ。
僕は修行の合間に姉さんの元に通っては、色々な魔法を教わっている。前世では御伽話の産物でしか無かったので、毎回とても楽しいのだ。
今日もすぐに向かおうとしたが、見ての通りタルラ姉さんに捕まってしまった。これは仕事を済ませないと解放されなさそうだ。
さっさと終わらせよう。
さて、仕事は一時間ほどで片付いた。
手慣れているタルラ姉さんの元で修行しているのもあり、僕は担当場所を素早く済ませる事ができた。
まあ、終わった頃には姉さんはお茶を飲んで待っていたけれど。やっぱり姉さんには敵わないや。
「やっと終わったのね。では、サクナ姉のところへ行きましょうか」
「うん!行く!!」
タルラ姉さんは僕の腕を優しく握り、ゆっくりとサクナ姉さんの元へ向かい始めた。
「……お?」
顔をあげてみると、タルラ姉さんからうっすらと一筋の光が伸びているのが見えた。色は綺麗な赤色。
姉さんの魔力だな。という事は、仕事中に身体強化の魔法を使ったな?
そうでもしなければ、前世で磨き上げてきた技術・動作が多少の体格差で追い抜かされるとも思えない。
姉さんは結構、策士らしい。
「サクナ姉、今は忙しい?」
仕事をした場所から多少歩いて数分の場所、家の中央庭園。その真ん中の噴水の縁に、サクナ姉さんは腰掛けていた。
「大丈夫ですよ。タルラ、クルフ」
「サクナ姉さん!!」
僕はタルラ姉さんの腕を離し、サクナ姉さんの元へと駆け寄った。彼女は僕を捕まえると、ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「クルフ、走ったら危ないよ」
後ろからタルラ姉さんが近づいてくる。
「もう」と僕を叱る姿は、なんか、うん。お母さんみたい!
「タルラは本当にクルフの事が好きなんですね。でも少し過保護になりすぎかも」
サクナ姉さんはそう言って、姉さんを肯定しつつも少しだけ注意をする。これはいつものことである。
タルラ姉さんは「だって……」と頰を膨らませてムスッとするが、最後はいつもサクナ姉さんにいいように流されている。
「ごめんね。ほら、タルラもおいで。クルフと1秒でも長くいたいのは分かってるけど、その輪にお姉ちゃんも入れて欲しいなぁ…」
そう言ってサクナ姉さんは僕を撫でていない方の手を広げて、タルラ姉さんを抱きしめる。
この人は本当に人を優しく包むのが上手い。だから、僕がサクナ姉さんと遊んでいてもタルラ姉さんが嫉妬で狂うことはないのだ。
「よしよーし。二人とも可愛くて、お姉ちゃん癒されちゃう」
とてもほのぼのとした空気が場を支配した。
一面が花畑で、空はちょうどよく晴れているのも相まって、とても心地が良い。寝てしまいそうだ。
「それで……クルフがお姉ちゃんの所に来たって事は、また魔法を習いたいってことですよね?」
サクナ姉さんは僕が寝てしまいそうになるのに気づく、頬を何度かつついて尋ねる。
「はい!今日はもっっと、カッコいい魔法を教えて欲しいんです!」
僕は飛び上がって、子供なりにはしゃいで見せる。姉さんはとても微笑ましそうに僕を見ている。
「うーん。先週はガラス細工の魔法を教えましたよね。……カッコいい魔法となると、強度強化の魔法ですかね」
サクナ姉さんは少し迷った末に、強度強化という補助系統魔法を提案する。
「でもそれって、カッコいいですか?」
僕はよく分からず首を傾げた。
するとサクナ姉さんはガラス細工の魔法でガラスの剣を生成し、そこへ強度強化の魔法を上乗せする。
それを僕に手渡すと、姉さんは噴水に立て掛けておいた木刀を手に取り、自然な流れで構えた。
「この魔法はカッコよさの観点からみると、少し物足りないかもしれません。でも、ガラス細工の魔法と組み合わせるとどうですか?」
サクナ姉さんの言葉を聞き、僕はゆっくりとガラスの剣を見回す。確かに、普通の剣と違って光が宿り眩い光で輝く。
異質感があってカッコいい。
「確かに、単体では地味でも組み合わせればとてもかっこいいです!」
気づけば、僕はこの剣の魅力に気づいていた。
今の僕では熟練度が足りず、多分こんなにも綺麗な刀身を創り出すことは難しいだろう。けど何度も練習を重ねれば、よりカッコいい剣が創れるかもしれない。
「サクナ姉さん、この魔法気に入りました!是非僕に教えてください!!」
「良いですが条件を。最近、貴方に剣術を教えているリチェルから相談があったんです」
待った、嫌な予感がする。
「リチェル…姉さん、から?」
「はい。相談内容は、クルフが魔法ばかりに興味を持って、剣術は雑になっているというものです」
うん、身に覚えしかないね。
僕は六歳離れたリチェル姉さんから剣術を習っている。けど、剣術は前世でもある程度習得しているので先に魔力を覚えたかった。
なので僕は頻繁にサクナ姉さんの元へ行くようになり、剣術をあまり教わっていない。
それがここで災いするとは。人生、全てのことを丁寧に行なった方がいいらしい。
「それで、僕にどうしろと?」
「難しいことは問いません。私に剣術で一本取ってください。そうすれば、リチェルには私から上手く伝えておきます」
難しいことは、問わない?いや結構問いてますよ、サクナ姉さん。
サクナ姉さんは聞いた所によれば、国の子供の中では剣技がとんでもなく強いらしい。そんな相手から一本取るなんて……うん、多分無理。
でも、一方的にやられる試合にする訳にもいかない。ここで負けたら、もう二度と魔法を教えてくれないかもしれない。
だから勝ってみせる。サクナ姉さんに。
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