現実世界の完璧メイド、異世界の女装メイドに転生する。ところで、メイドが最強になってもいいですか?

大石或和

第一章 幼少編

第1話 失ってから気づくモノ。

 人には誰しも、失ってからでないと気づけないモノが存在する。それが大切な人の場合もあれば、飼っているペット、はたまた技術や物だったりもする。


 私の場合、それは価値観だった。


 絶対にないと断定し、それらを受け入れることを拒んだ。結果的にお嬢様を失うことになるとも知らず。

 

 あの方が亡くなって初めて分かった。

 あの方を守れなくて初めて分かった。


 メイドに一番必要なものは、家事スキルでもコミニケーション力でもなく、それら有象無象でもない。……必要なのは最強の力であると。


 お嬢様の死後、私は家に引きこもった。


 理由は幾つかあるが、一番は生前にお嬢様が薦めて下さった異世界アニメを見ることだった。


 最初こそ何が面白いのかもよく分からなかったし、これを見て得られるものはないと切に感じた。


 けれど、数を重ねるうちに私は気づいた。


 これら作品の主人公のような力さえあれば、お嬢様を死なせることはおろか、危険に晒すこともなかったと。


 私は自分の価値観を捨て、新たな思考を取り入れるようになった。するとどうだ、以前よりも生活は上手くいく。より、楽しくなった。


 単純な事実にすぐ気づけるのなら、最初から素直に見ておくべきだった。


 私は自分自身を呪った。お慕いしていたのなら、お嬢様の好きを私も好きになるべきだったのだ。


 でも、もう時間は戻せない。


 やり直すことなんて絶対にできないのだ。


 今も私は、果てしない後悔を背負って生きている。時折すれ違う女の子に、失ったお嬢様の幻影を重ねて。


 この先、私はどうすれば良いのだろう。


 新しい主人を探すにしても、現代社会でメイドを雇ってくれる家は少ない。何しろ、私の精神は安定してくれないだろう。


 同じことを繰り返すかもという不安に駆られながらの生活は、耐えられそうにない。


 ならいっそメイドなんてやめて、実家に帰り田舎で呑気に暮らそうか。


 こんな姿、お嬢様が見たら悲しむだろうな。


 あの方は最期まで、私にメイドを続けるように望まれていた。それが私を、長くこの仕事に縛っている理由でもある。


 本当はあの方の為にも続けていたい。けれどもう、潮時なのかもしれない。


 悲しいけれど、実家に帰ろう。そして平和に過ごすんだ。


 誰も、失いたくはないから。


「────きゃあああああああ!!!」


 何だろう。後ろから叫び声が聞こえる。


 私の隣を駆け抜け、人混みを掻き分け進む一つの影が見える。


「ひったくり!!お願い捕まえて!!」


 ひったくりか。可哀想に。


 助けてあげたいけれど、これは私の仕事じゃない。ひったくりの始末は、警察の仕事だ。


 変に関与するのはかえって良くない。今回は見なかったことにして、さっさと帰ろう。


 私は足を進めた。


「大丈夫ですかお婆さん!?」


「大変だ、血が出てる!!」


「動かないでください!刃物が深く刺さってる」


 群衆の言葉が耳に入り、私は即座に振り返った。


 誰も彼も焦り困惑する状況、ひったくりに遭ったお婆さんの腹部に刺さる一本のナイフ。到着したものの、対応に手こずる警察官。


 状況は最悪だった。誰一人として、ひったくり犯に構っている暇はない。


 目の前の被害者にしか意識が向いていない。


「だ、誰でもいいです……取られたバック…を、取り返してぇ…息子の形見が入ってるんです……」


 お婆さんは涙を溢しながら、周囲の人達に助けを求めた。しかし、彼らはお婆さんを宥めるばかり。動こうとはしない。


「息子の形見……か」


 ポツリと私の口から言葉が溢れる。


 あの人も失った側の人なのだろう。今の私なら、その痛みは十分に察せられる。


 ならどうだろう。その形見さえも奪われてしまった時の心は、どれ程痛いのか。


 分からない。でも、動かないでいるのは駄目な気がする。


 少しでも協力したいと、心から思う。


 私は────────


『──────助けてあげて。貴方がメイドを続けていれば、貴方を必要とする人がきっといる筈だから』


 頭にお嬢様の最期が過ぎる。


「──────あぁ、もう!!」


 私は駆け出した。


 犯人の居場所なんて分からない。最初に曲がった角までしか分からない。けど、少しでも協力出来るなら、助けてあげられるのであれば。


 それでも十分なのかもしれない。


 だから見つけろ、犯人が捨てた可能性のある形見が入ったバックだけでも。現金が目当てなら、可能性はある。


 あわよくば捕まえろ。非道な犯人を。


 私は無我夢中になって探した。けれど特に成果は得られないまま、薄暗い路地まで来てしまっていた。


「何処にもないか。お婆さん、悲しんでるだろうな。別に知りもしない他人だけど、見つけてあげたかったな」


 そう独り言を吐き、帰路に着こうとした途端。腹部に強烈な痛みが走る。


「────え?」


 視線を腹部に移せば、そこには数刻前に見たようなナイフが刺さっていた。


 全身から力が抜ける。でも運のいいことに、倒れる瞬間壁に寄りかかることが出来た。少しは、楽かな。


 盲点だった。逃げられたと思った犯人が、自分の真後ろにいるなんて。


 結局私は誰も救えないし、何も守れなかった。


 弱いメイドだ。お嬢様がいないところで良かったかもしれない。こんなところを見られたくはない、もう二度と。


 視界の淵で、犯人は私にバックを投げて何処かへと姿を消していく。私のことを犯人にでもするつもりなのだろうか。


 まぁ、いいか。私が犯人にされようとされまいと、バックは回収出来た。


 あとはこれを、警察が見つけてくれればそれでいい。


「守れた、よ。今度…こそ、誰かの……大切なモノを」


 私は少し笑顔になれた。


 視界が黒く染まっていく。物語を沢山見てきた私になら分かる、多分このあとすぐに死ぬのだろう。


 けれどもう十分だ。この世界でやり残したことは、もうない。


 願うならば。生まれ変われるとしたら、メイドを続けたまま、最強になって今度こそ……主人を最期まで守ってみせたい。


 そうして、私というメイドの人生は静かに幕を下ろしたのだった。

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