初恋

初恋

「ただいまー……。適当なところ座って」

「あーうん、ありがとう」

「ん。……正直家まで来てくれると思わなかった」

「なんで?」

「今でもちょっと実感湧かないから」


 *

 

 恋って、なんなのだろうか。

 初恋は幼稚園の時。同じ学年の男の子。別の小学校に行ったから、そのまま自然消滅した、純粋な恋情だった。

 と、思っていたのも中学一年の時までだ。中学二年になる直前のこと、私は恋をした。成績優秀、運動神経抜群、いつもクラスの中心にいて、私を呼ぶその声が好きだった。相手は、クラスメイトの女子だ。

 どうしようもなく好きだった。その声が、視線が、顔が、存在が、全て愛おしくて、私にとって何にも替えられない大切な人で。クラスが別れても、出来るだけ話しに行こうとした。テニス部のエースだった彼女は日々忙しそうにしてたけど、私がただの美術部部員でしかなかったにしては、よく喋ってくれた方だと思う。

 間違いなく、これこそが本当の初恋だった。幼稚園の時に何となく好きだったはずの彼よりも、小学校の時に波長が合うと感じていた彼よりも、ずっとずっと彼女の事が好きだった。彼女に好きな人がいると聞いてからも、ずっと。約一年後の卒業式の日に告白しようと、確かにその時思った。

 受験生になって、勉強に追われる日々が続いた。これでもかと言うほど病んで、受験をする意味が分からなくなって、負の感情の嵐に苛まれる中、いつの間にか彼女への恋心は消えていた。

 嫌いなわけじゃない。友人として今まで通り好きで、お互い部活を引退してからは話すことも増えたような気がして。嬉しかったけど、恋愛的には好きじゃない。

 卒業式の日、私が彼女に告白することはなかった。

 高校は、彼女とは違う学校に進学した。


 話は変わるが、私は多分男性に本気で恋をしたことがない。スポーツ選手やアイドルに対して突発的なとてつもない好意を抱いたことはあるが、手の届く範囲にいる男子を、本当に好きだと思ったことがない。

 ならば所謂レズなのかと言われるとそれは違う。多分、好きな人のことが好きなだけなのだ。男子にしても女子にしても。

 高校生になって、身近に好きだと言える人を失った私は、恋という感情を見失った。猛烈に愛おしいと思える人、思っていた人がいなくなって、何を持って恋なのかが分からなくなった。クラスメイトの恋バナには全く着いて行けなくて、誰が付き合ってるとかいう情報にも疎くて、そういう話に支配される同級生を冷めた目で見ていた。私が持っていたのは、運動部の男子に対する猛烈な「推しへの愛」だけである。

 だけど、別に恋がしたくないわけじゃなかった。中学二年のあの時のように、また誰かを好きだと思いたかった。高校二年になってから、ひたすら恋愛ドラマを見漁った。毎週のようにテレビに張り付いて、昼間は動画配信サービスで少し前のドラマを見た。その俳優さんに惚れて、推しが増えることも多かったけど。

 創作とはいえ、この世には色々な恋がある。恋愛ドラマを見ることは私にとって効果的だったようで、また恋をしたいという思いは膨れ上がっていった。

 その対象は、他の誰でもなく、中学の頃の彼女でしかなかった。また彼女に夢中になりたかった。学校が違っても、彼女のことしか考えていられないぐらいに頭の中を支配されたかった。中学の頃みたいに受験だからと逃げるんじゃなくて、ちゃんと好きになって、ちゃんと告白して、受け入れられたら飛び上がるほどに喜んで、断られたら食事が出来なくなるぐらいに落ち込みたい。それくらい彼女のことをもう一度好きになりたい。彼女に好きな人がいるというのなら、それが私でないと絶対嫌だと思えるぐらいに。

 その人が好きなんじゃなくて、片思いしてる自分のことが好きなだけ、という言葉は本当だと思う。大概の恋は、「叶うか分からない恋を夢見る自分」が好きなだけなのだ。私も例に漏れずそうだった。でもそれでいい、独りよがりな片思いでいい。とにかく、彼女を愛したい。


 大学生になると同時に上京して、そのまま社会人になった。入社初日、聞き覚えのある声が発する、聞き覚えのある名前を聞いた。その姿は、間違いなく私が中学の時恋していた、高校の時恋したかった、大学の時会いもしなかったのにひたすらに愛した彼女だった。彼女は関西の大学に進学したということは知っていたから、まさかここで出会うとは思いもしなかった。

「久しぶり」

 数年ぶりの会話はただただぎこちない始まりだ。何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、全然分からない。でも、それでも言わないと。もうあの頃みたいに、他の何かを理由にして逃げないように。

「今日さ、仕事終わったあと時間ある?」


 *


「いや、告白受けたやん」

「……そうだけど、なんか現実じゃない気がして」

「ひど」

「ごめん」

「……好きにしていいよ」

「じゃあ――」


 ――どうしようもなく、好きだ。

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初恋 @karamomo0314

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