君を想う心のまま

君を想う心のまま

 春というのは出会いと別れの季節である。誰かと出会うと同時に、よく知る人が身近から居なくなることがある。希望に胸を躍らせる季節であると同時に、哀しみに浸る季節でもあるのだ。

 その最たる例が学校における「入学」と「卒業」では無いだろうか。新たな友達、あるいは後輩に出会う「入学」と、仲間に別れを告げたり、先輩を見送る「卒業」。学校生活において、入学さえすれば卒業は必然のことである(転校とか特殊な事例は除くとして)。

 つい最近、高校に入学したばかりの私だが、気がつけば卒業式まで一年を切っていた。時の流れというのは早いもので、小学生の頃に比べて格段に一年が短くなったような気がして、未成年ながらに「老けたな」と思うようにもなってくる。よく歌われる卒業ソングに「ふと日の長さを感じる」なんて歌詞があるけど、あれは真っ赤な嘘だ。


 最寄り駅のバス停で君を見かけたのは、二年生の学年末テスト初日の帰りのことだった。

 相変わらず綺麗な横顔、中学の鞄にも付けていたストラップ、立っていると左に重心が傾く癖。私のよく知る君だった。けど、伸びた身長、茶色く染まった髪の毛、耳朶で輝くピアス。誰よりも君を知っているはずなのに、私の知らない君がそこにいた。

 出会いは偶然別れは必然、とはよく言うけれど、まさに私たちの出会いは偶然だったし、別れは必然だった。


 *


 君と出会ったあの日も、駅前の満開に咲いた桜が花吹雪となって地面に舞っていた。今年はどうやら桜の開花が例年より一週間ほど早いらしい。

「別れよう」

 卒業式が終わってから、人の目につかないところで突拍子もなく切り出された話だけど、特に驚きはしなかった。そんな話をされるであろうことは分かっていたから。

「わかった」

 けど、今にも崩れ落ちそうな感情を隠すのに、その短い言葉が最適なのかどうか分からない。

 高校も同じ学校に行きたいというのは、常日頃からしていた話だったし、元はそのつもりだった。三年生になってから君の成績が本来の志望校レベルではなくなってきて、志望校を変えざるを得なくなった。夏休みが開けてからは一緒にいる時間も減って、お互い受験勉強に費やす時間がほとんどになった。

「ごめんな」

「……ううん。受験頑張ろ」

 公立高校の受験日は明日である。当たり障りの無い言葉をかけてその場を離れ、他の同級生のいる場所に戻った。さっきまで別れ話をしていたことがバレないように繕う。校庭に散る桜の花びらは、多くの人に踏まれ、砂の色と混じり、躊躇なく綺麗だと言い表せるものではなかった。

 親が乗ってきた車で家に帰って、自分のベッドに飛むと、途端に涙が溢れた。咄嗟に枕に顔を埋める。

 完全に後出しジャンケンだけど、私は高校が別れてでも、関係を解消したくはなかった。だけど、君がそう言うなら拒否したくもなかった。

 泣き止んだと思って明日のために勉強机に座っても、また涙は溢れて、何も手につかないまま気がつけば就寝の時間になっていた。「高校が離れるから」という理由で別れるくせに、明日の受験で合格点を出す自信を全く持てていない自分にも嫌気が差した。


 *


 そんなあの日から二年の月日が経った。身長百七十センチと鯖を読む君も、黒髪の君も、オシャレに無頓着だった君ももういない。君も私も、必然だったあの別れを経て、偶然と言える出会いを何度も繰り返すうちに、きっと随分変わってしまった。君から見た私も、もしかしたらあの頃とはだいぶ違って見えるのかもしれないけど、こっちを向く素振りもなくて、多分気づいていない。

 帰りのバス停でかつての同級生に会うことは何度かあった。仲の良かった友達なら近況報告をし合ったし、中学時代ふざけていた男子を見かけると、こちらから声をかけて一言二言言葉を交わしていた。

 だけど今、君にはそれが出来そうになかった。人違いの可能性はほとんど無かったし、拒絶される恐怖がある訳でもない。だけど、今でも君に未練がましい感情を持つ私が、わざわざ声をかけることは出来なかった。

 右手からバスがやってくる。十一番のバスは私が乗るバスじゃないけど、君が乗るバスだった。排気音でバスに気がついて、その方向を向いた君とバチりと目が合う。百パーセント視線が重なっていたけど、気付かないふりをして前に向き直した。

 乗車する場所にバスが止まると同時に左肩を優しく叩かれる。さすがに反応しないのも変な話なので、再び左を向いた。

「久しぶり」

 昔の知り合いと会った、ぐらいの感じで君は私にそう言う。どちらかが次の言葉を紡ぐ前に、君はバスに乗って行ってしまった。

 出会いは偶然、別れは必然。移り変わる季節の中でそれは当然と言えば当然なのだけど。変わり行く感情もあれば、君を想う心のまま、変わらない感情もそこにある。

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