お題に沿ってプロローグ書いてみた


 王国で年に一度、夏至の日に開かれる剣術大会は、我こそはと名乗りを上げる全ての剣士、騎士にとって最大のイベントだ。

 そこには普段の厳格な身分制度など存在しない。王族だろうが貴族だろうが平民だろうが、はたまた奴隷であっても関係ない。頼れるものは己の腕のみ。一つでも負ければ問答無用で終わり。だが勝者には限りない賞賛と名誉が与えられるのだ。剣の道を志す者にとってこれほど心躍る日はないだろう。想像してみるがいい……王の御前に跪き、高々とその名を呼ばれる瞬間を。そして女神のような美女から自分に投げられるうっとりした眼差しと、とろけるような接吻を。


 だが残念なことに、ここ数年、優勝者はいつも同じだった。

 その名は「傭兵団長ルーヴェント」。


 確かに奴は強い。強すぎると言ってもいい。戦場ならこれほど頼り甲斐のある男はいないだろう。

 ……だがしかし、ここは剣術大会。あくまで力試しであり、庶民にとっては貴重な数少ない娯楽だ。そんなところに一人だけ突出して強いのがいたら皆そのうち白けてしまう。要は、強すぎてつまらん、もっと言うと賭けにならん勝負なんぞ観てても面白くないということだ。


 だから皆、どうせ今年もルーヴェントのヤローがぶっちぎりで優勝すんだろ……と思いかけていたのだが、そこに思わぬ波乱が起きた。


 いつも通り一回戦をものの瞬き一つの間に終わらせて圧勝したルーヴェントが、なんとその場で所用により棄権すると宣言し、あっけに取られた観客そっちのけで足早に競技場を去っていってしまったのだ。

 更に波乱はまだ終わらなかった。そこに現れたベアトゥースと名乗る一人の見知らぬ年若い剣士が、並いる剣豪を押しのけて、あれよあれよと決勝戦に駒を進めたのだ。


「あいつ、一体何者なんだ? 子供ガキみてえな体つきのくせに妙に強ぇな。うわ、あの突きの速さ、まるで剣がはがねのムチみたいだぜ。なあテオ、あいつ、行けるんじゃね?」


 通路の端で白熱の決勝戦を観戦しながら隣にいた男に話しかけたのはマルコ。ルーヴェントが率いる傭兵団の一員だ。


「……ん、ああ、まあ、な。確かにいい太刀筋だ」

 どこか含みを持たせた答えを返したのはテオ。彼もルーヴェントの部下だ。


 今日二人はルーヴェントからある指示を受けていた。


 俺はちょいと用があるから一回戦が終わったらズラかる。お前らは決勝戦まで残って、使奴がいるか目星をつけておけ。


 つまり傭兵団員のスカウトだ。


 マルコの一押しは当然ベアトゥースだった。身軽だし、身体のバネもいい。まだあまり力がないのか、人よりかなり細身の剣を使っているが、そのぶん確実に敵の急所を突いてくる。それにさっき一瞬兜を脱いだ時にチラッと顔が見えたが、結構な色男だった。これはなかなか掘り出し物じゃねえか?


 だがテオの返答は、どこか歯切れが悪かった。


「お、勝ちそうだぜあいつ。なあテオ、今のうちにあのベアトゥースって奴の素性を確かめといたほうがいいんじゃ……っておい!どこ行くんだよ!」


 勝負の行方を見届けようともせず踵を返して競技場を出ていくテオを、マルコは慌てて追いかけた。


「なあ、どうしたんだよ? 団長から使えそうな奴を見つけて来いって言われてるの忘れたのか? せっかくあんな逸材……」

 マルコの咎めるような口ぶりに立ち止まったテオがゆっくりと振り向いて言った。


「お前の目はほんっとうに節穴だな。あのベアトゥースって奴はダメだ。……あいつは、女だ」


「はあ!? おいちょっと待てよ、待てったら!」


 焦って追いかけて来るマルコを無視して、テオは足早に街を出て行った。


 団長、何やら面白くなりそうですぜ……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る