妄想機械零零號の最高傑作
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暴れだしたくて仕方がないと思っている人間を集め、箱詰めする。例えばセレモニー。葬式。入学式。そこでは「俺は暴れたい。でも隣の奴が止めるだろう」と全員が思っている。そして整列された荒くれ者たちは全員真面目に座っている。ああ、この場に何か爆発を――せめて暴動でも起きれば良いものを!
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街中で少女が「降る雪全てデパスだったらな」と呟いた。それは彼女の決死の覚悟で絞り出された叫びだったに違いない。
詩人が通りがかる。少女の発言を手帳に記し、天を仰ぐ。三十を超えている彼は「青春と叙情」の星菫派として売り出そうとしている。世界を騙す! 素材は無い。収穫物は一行だけだ。
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眠剤を一シート飲んだら無くなってしまった。
正直に「足りない」と言うと私の心療内科医は薬を処方してくれる。
私は医者が天使に見えた。違う。天使が医者の恰好をしていたのだ。
天使さま――
ひと月ぶんのお薬をください。
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彼女にとって天使であっても、天使でなくてもどっちでも良かった。
本当に。心のそこから。
彼女は素敵なバッグを持っていた。
そこに天使が棲んでいて、たまに綿毛のような白い羽根を散らすのだった。
彼女の所有物は美しかった。
しかし彼女が欲していたのは天使自体ではなかった。
本当は黒猫でも良かったのだ。
彼女は「魔女」と呼ばれたかっただけなのだから。
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彼は俺を猫と呼んでいた。シート単位で薬を飲んで散らかす。翌朝の惨状は丁度猫が暴れた後に似ている。彼は俺を咎めなかった。レオナルドのヨハネの微笑、それが彼の表情の全てだった。彼は俺がこぼした食べ物を拭い取りながら俺を見あげた。微笑は何かを意味している。謎をかけたのだ。ストレイシープ。
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「肉体の荒廃と精神の空虚」それが彼の全てだった。ある詩集の後書きから盗んだ言葉だ。彼も詩をしていた(「詩」は"する"ものです)が、いけなかった。肉体の荒廃は極まり、ついに詩は生まれない。人無き所ですら彼は狂人の真似をする。存在せぬ鏡が彼を踊らす。詩人は神の似姿だ。神は狂っている。
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左手に持った薔薇の花弁を右手で一枚一枚剥ぐ。花は柔らかい。十分に成熟した花は自然にほぐれる。彼の解体癖は薔薇の花弁を赤い絲にまでほどいてしまった。花が全て絲になると、それを友達に見せた。友は絲を弄びながら彼に接吻した。いつか植物園の花という花を全部ほどいてやろう。そう約束した。
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感傷を捨て、叙情を殺し、韻律を破壊した詩人の身を切るような決意! 余りにも脆く繊細だ。窓辺に詩集を置く。風が詩を読む。嘲る。嘲る。
君に足らぬのは自己プロデュースだ。下手に見せろ。皆が「俺でも書ける」と真似する詩だ。そうなると本家本元も若者のルーツとして神格化され大いに売れる。
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心療内科の待合で会って以来、天使と俺とは気まずい仲だ。クラスに入ると彼は居る。いつも通り俺を無視する。ある時、
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画集が邪魔だ。判が大きい。紙質ゆえ厚い。ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、フェルメール、後悔するか?
私は少女趣味によって泰西の名画集を買った。それを売る。
私は後悔したかった。少女趣味の残滓を後悔によって炙り出す。
泰西名画も私の脆弱な趣味も焼き払う。
殺す。私の景色に花は無い。
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君の傷は縫われた。さっき抜糸された。
そう遠くない昔、私は君の胸に裂かれた真っ赤な傷口を――その痕を――薔薇の花に例えた。
三連まででおしまいの小さな韻文詩だった。
君の薔薇は枯れてしまった。
その日からだ。
私が新しい薔薇を探して夜の街をさまようようになったのは。
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君は詩を書いている。
君を詩人と呼ぼうか? 大丈夫。詩で生活費を稼いでいる人なんて谷川俊太郎くらいしかいないのだから。
プロフェッショナルもアマチュアも無い。
ここには仕事も遊びもない。
それは狂っているのかもしれない。ジャンルとしてとうの昔に死んでいて、新しい才能はもう生まれないような不毛状態に陥っているのかもしれない。
君は詩を書いている。
ノートとボールペンだ。
君はうつ伏せになっていた。
君は自己の心を書く。心は体を通して、その指先で表現される。
そしてインクが不思議な模様を生み出す。
心から体へ。体からペン、紙へ。
幾重にも幾重にも君は嘘を重ねる。
「これが本当の私」という嘘が書かれた。
君は告白なんかできやしない。
違う。告白は常に告白たり得ない。告白は不可能。常に矛盾だ。
いくら虚飾を廃してもいくら客観性を装っても幾重にもかかったベールが君の理性を誘惑する。
意識はタマネギの構造で、中心にある「真実の自己」など用意されていない。
身体は常に流動的で気圧のひとつで変質する。
君はまたひとつ嘘をかさねた。
嘘のひとひら。
紙が中を舞う。
雪に例えた私を、君は嘲ったね。
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ここからはもうルーチンワークなのだ。
決まった言葉を決まった言葉に連ねた。そのルールもマニュアル化されている。
私はパッケージだけに新鮮味を与えた「新製品」ならぬ「旧製品」を売りつけた。
辞書を開いた。
ここには私がこれから書くものを含めたあらゆる文章の題材が揃っている。
ああ、立派に体系立っている。実に美しい!
芸術なんてどこにもなかった。
偶然なんてなかった。
工業製品と同じことだ。
決まった部品を決まった工程に沿って組み上げる。
いわく
「花←瑕の暗喩。
薔薇←銃創などとくにひどい瑕の暗喩。
天使←たくさん抗不安剤をくれる謎の医者の暗喩。
少女←酷い環境で生まれた正義の暗殺者。
少年←病んでいるが王侯貴族に愛される。
人形←少年から主体性を抜き去ったもの。
身体←時間や空間と共に大胆な改造を加えられる。デバイスの集合体。
肋骨と腹筋←美のモチーフ」
これ以上引用するのは煩瑣だろう。
しかし私の書く文章がこうした「用語」のパッチワークであることは多くの読者が認めるであろう。
むしろ、それを認める読者こそが私の真の理解者なのである。
私は芸術家ではない。
芸術家の偽物だ。
芸術家の偽物の偽物だ。
私は人の真似をする。
拾ってきた言葉を計量分析し、相性の良い組み合わせを見つけ出す。
あとは私の好みに合わせた内容を出力するだけのことだ。
私の文章はつねにぬきがきだ。
無論一定の「好み」に沿った文集ではあるが、
それは性質上当たり前というべきであろう。
深刻さも社会問題も無い。内面も人生論も無い。
ここにあるのはただのガラクタの集積だけだ。
この点、私が生み出すあらゆる文章において共通するだろう。
私は死ぬまで書く。そして死ぬまでこうしたガラクタを集めて喜ぶのだろう。
この文章が唯一の私の自作解説である。
それ以上に語るべきことなどないのだから。間違いない。
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君はいつの間にか私を超えてしまった。
最初は横並びだった。
本当のことだ。
私のつくる文章と君の作る文章はまさに同質だった。
無論、関心の相違は表れていた。
けれども私達の文章は同質だった。
同じ言葉で同じ景色を描いていた。
君はどこまでも高い地点へ行ってしまった。
私は笑ってしまいそうになる。
私は昔、君以上に熱烈で大袈裟な賛辞を
いわく「我が国のエドガー・ポオ!」笑いが止まらないよ。
君は――君は誰にも例えられたことがなかったよね。
君はただ、その純粋性と燦爛とした鉱物的な言辞を指摘されてきただけだ。
そして君はどこまでもその道を極めていった。
透明で薄氷に似た危うい……美しい道を極めていった。
いつしか君の言葉には天上的な響きを持つようになった。
天使の鈴のような声が君の言葉の上にかぶさっていた。
天上のコーラスを私は聴いた。
私は何か書く必要に追われていた。
具体的には君の新作への賛辞を綴る必要に追われていたのである。
けれども、けれども私の猛烈な感動とは裏腹に、言葉は一切浮かばなかった。
違う。違う!
本当は私は書いていた。
君への呪詛を。怨嗟を。
綴っていた。
私はただ君を憎んでいる。
君はまだ極めるのだろうか?
もっと高く昇るつもりなのだろうか?
私は何度呪いの言葉を呑み込まなければならないのだろう?
私はもう良い文章なんか書けやしないのだ。
私の文章は既に下り坂をころげ落ちはじめた。
もちろんいくつか光る言葉を生むだろう。
しかし私の一番おいしい時期は終わってしまったのだ。
君は今登り坂を急速に駆け上がっているよ。
ああ、落ちてくれよ!
君の翼は人工の、つまりイカルスのものだろうか?
それとも天然の、大きな鳥たちの翼だろうか?
私は君が堕落するのを心待ちにしているよ。
その翼がハリボテで、太陽が熱で糊を溶かす時、君は堕ちる。
真っ逆さまだ。真っ逆さまだ!
地獄へ堕ちろ! 地獄へ堕ちろ! 地獄へ堕ちろ!
もう二度と地上に這い上がって来るな!
もう私の前に現れるな。
物理的にじゃない。
芸術のかたちで私の前に現れるな!
私は君が書く限り君の文章を読むだろう。
君が私をただの「数ある読者のひとり。熱心でもない普通の人」と思っているのは知っているよ。
君の文章は私に宛てられたメッセージではない。
しかしそれでも私は盗み読む。
後悔は読む前から始まっている。
骨の髄を病的な〈痛み〉が走る。
私は君の文章を全て読む。
見付け次第読む。
ただの不真面目で地味で「PV数の一つ」でしかない読者の私と知りながら、
私は君を追いかける。
私は自他を破壊したい衝動に駆られる。
君が堕ちてくれれば良い。
私はそれなりに地上に浮かべれば良いが、多くは望むまい。
最後に白状しておくよ。
君を壊せない私は自己を破壊するしかないのだ。
もの書きとして私はいくつもの季節を経た。
そしてあとは破壊があるだけだ。
私の身体が尽きるまで私はクソみたいな文章を書くつもりだ。
私の身体が終わったら――医学的に身体的に「死亡」したら私は黙るよ。
それまでは破壊! 破壊! 破壊だ!
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