第14話「私のこと、好きにして」




















 無事に仲直りもできて、同棲の話も順調に進んで。


「はぁー……やっと終わった!」


 夏休みも過ぎた秋頃、お互いの親と話し合って決めた2DKのアパートの一室へ引っ越しを終えた。

 家族総出で家具を配置したりそれぞれの部屋の荷解きを済ませて、初日の夜はみんなで食事をしに出かけた。


「いつも、愛がお世話になっております」

「いえいえ、そんなご丁寧に……うちの芽紗も…」


 親同士が堅苦しく挨拶を交わす中、対面に座った愛と何を頼むかメニューを決めていく。

 愛の両親は、特に母親の方が愛そっくりで、彼女もまたどこか感情が希薄でロボット感がある。一方で愛の父親は厳格そうな人ではあるけど、物腰は柔らかだった。


「愛に、ここまで仲良くしてくださる方ができて、大変嬉しく思います」

「愛も喜んでおります。…ね?愛」

「…はい」


 …全員、敬語しか使わないところは、ほんと親子なんだなって思う。

 普段の生活や会話が垣間見えるのが不思議で、あんまり話さないで様子を伺っていたら、心配してくれたのか愛がこちらを向いた。

 バッチリ目が合って、なんとなく気まずく思って顔を逸らした。


「にしても、ふたりが付き合い始めてたなんてな。父さん初めて聞いた時は驚いたよ」

「……報告が遅れてすみません」

「いいんだ。言いづらい事情もあったろうし」


 一応、親は私達の関係性を知っている。一緒に住むにあたって、他に言い訳となる理由を見つけられなかったからだ。

 その上で認めてくれたのは、日頃から仲いいことを知っていたおかげかな。

 意外にも愛の両親のが積極的で、“相手が同性であれ何であれ素敵なパートナーと出会ってくれて嬉しい”、“結婚をしたければ海外でも可能だから”と言ってくれた。

 あくまでも、今後どうするかはふたりに任せる…と。

 寛容な両親の間に産まれた愛だから、私に対しても寛容でいられるのかな?って、ふたりを見てちょっと思い改めた。


「それじゃあふたりとも、仲良くやるんだぞ」

「分かったってば。お父さんそれもう何回目?」

「…何かあれば私達も頼ってください。サポート致します」

「あ……は、はい。ありがとうございます…」


 食事の後は新居まで送ってもらって、それぞれの親と別れの挨拶を交わす。

 愛は終始、俯きがちで口を紡いでいた。

 だからあんまり大人数での食事は得意じゃなかったかな、疲れちゃったかな?って心配に思ってたんだけど、


「うちの愛は照れているようです。…昨晩、緊張で眠れなかったようで」


 愛の父親が、微笑を浮かべながら教えてくれた。


「……お父さん、余計な事は謹んでください」


 僅かに頬を赤らめて自分の父親を窘めた愛は確かに照れているようにも見えて、予想外の反応に嬉しくなる。


「…愛」

「なに?」

「今日……一緒に寝たい」


 だからみんなが帰ってから、離れたくない思いを正直に口にしてみれば、愛の表情がより柔らかくなった気がした。


「…ん。いいよ」


 いつものように頷いてくれたし、お風呂は別々で入って、寝る準備が整ってから愛のひとり部屋に集合する。

 相変わらず殺風景で物が少ない室内を見回しながらベッド脇に腰を下ろす。…愛の実家の部屋もそうだったけど、ほんと家具とかに無頓着。

 私の部屋と違って無駄がないから、長く過ごすには少し落ち着かない。


「愛の部屋は何もないね…」

「うん。物は必要最低限しか、身の回りに置かないようにしてるの」

「…なんで?」

「使わないものを持っていても無駄だから」


 バッサリ言い切った愛はこの通り、冷淡で淡白な一面がある。

 ……私にはまだ利用価値があるから、そばに置いといてくれてるのかな。


「ねぇ、愛」

「うん」

「私のことも、好きなように使っていいよ」

「……ひとりの人間に対して、使うという表現は好ましくないよ」


 寂しくなったから言った遠回しなお誘いに、真面目な返答をされて気恥ずかしくなった。

 恥で頬が火照ったことを自覚しながら顔を逸らして、分からずやな鈍い愛にはツンケンした態度を取る。…こんなことをしても、きっと意味ないけど。

 怒らせたとそこでようやく気が付いた彼女は、私の隣へに座って、動揺もない静かな視線を向けてくる。


「ごめんなさい、今の発言に何か問題がありましたか」

「……何もない」

「教えてください。問題があるのであれば、早急に解決しなければなりません」


 少し前、喧嘩した時に知った。

 愛は、焦ると敬語になる。

 だから今は相当焦っていて、私の機嫌が悪くなった原因を聞きたくて仕方ないんだろう。


「…えっちしたいって、意味だったの」


 ここで変な意地ばかり張って、同居初日から仲違いするわけにもいかないから素直に言えば、愛には伝わらなかったのか首を傾げていた。


「使う、という表現とセックスの関連性が分かりません」

「……性処理に使っていいよってこと」

「その表現は非常に不適切だと考えます」

「…………もういい」


 愛に対して変な言い方をした自分がバカだったと反省して、ひとり毛布に潜る。

 私がふてくされたことがさらなる焦りに繋がったのか、彼女も落ち着かない動作で同じ毛布へと入ってきた。


「話し合いで解決することを推奨します。だから隠さず伝えてください、芽紗」

「……話すことなんてない。私が悪かったから。ごめん」

「人間関係において、一方的にどちらが悪いといった事案はほとんどの場合、発生しません。こういった状況に陥ってしまったのは、お互いに問題があり、お互いに解決に向けて行動する責任が…」

「私はただ、えっちしたかっただけなの!もういいってば!」


 必死に訴えかけてくる言葉を遮って声を荒げたら、背後に居た愛は見なくても分かるくらい驚いてフリーズしてしまった。

 私ばっかり感情的なのが惨めで、居心地を悪くする。

 初日からこんな風に喧嘩してたんじゃ、先が思いやられるな…と、愚かな自分と賢い愛との差を痛感しながらため息を吐き出す。


「そういう誘い方だったの。ほんと、ただそれだけ。性処理に使うって表現が良くないのは私だって分かってるよ」

「…ごめんなさい、芽紗」


 拗ねて泣きたい気持ちで、それでも伝えた私の正直な思いを聞いた愛の手が、お腹の辺りに回って抱き寄せられる。


「私の知識不足でした。…カップルは通常、セックスを誘う時にああいった文言を使うんですね」

「……いつもじゃないよ。今回はたまたま、ああいう言い方しただけ」

「…他にもあれば、教えてください」


 抱きしめられたことで悔しいことに気分が上がってしまった私は、健気で謙虚な愛に誘い方を教えるため体ごと振り向いた。

 後ろを見てすぐ思ってたよりも不安げな瞳と目が合って面食らったけど、さらに不安にさせないように口を開く。


「な、仲直り……しよ?」

「……それは、誘っているのか本当の意味の仲直りか、どちらですか」

「カップルは仲直りする時セックスするの」

「はい。前に聞きました。しかし以前は冗談だと…」

「ほ、ほんとの時もあるの」

「…冗談と本当の違いは、どう区別すればいいですか」

「そ……それ、は…」


 愛を前に遠回しな表現をしてたら一生セックスできそうもないことを、言葉を詰まらせたこの段階で察した。


「な、仲直りのえっちしよ…って、今度から言うから。そうしたら、その……えっちしたいって意味」

「分かりました。教えてくれてありがとう、芽紗」

「いえいえ…」


 疑問にが解決してスッキリしたのか、満足げに目をぱっちりさせた愛を見て、今日はもうえっちしない流れなんだろうことも察してしまう。

 だからおとなしく目を閉じて睡眠に意識を向けたら、キス待ちだと勘違いしたらしい愛によって唇を浅く奪われた。

 予期せぬ感触に困惑して瞼を上げてすぐ、熱情がこもってるようにも見える瞳に射抜かれる。


「……愛」

「うん」

「最後まで、ちゃんと仲直りしよ…?」


 今なら通じるかもしれない。

 そう信じて誘ってみれば、彼女の口元が緩んだのが視界の端に映った。


「もちろん、いいよ」


 今度はどちらからともなく顔が近付いて、唇が重なる。

 何度目かになる行為は、ふたりの引っ越しを祝うには相応しいくらいの温度を持って、徐々に友達感覚も抜けてきた指先同士は常に絡まり合った。


「好き……愛…」

「…うん」

「もっと私のこと、好きにして…いっぱい触って」

「……ん。わかった」


 願えば願うほど、愛の中にあるマニュアルの量は増えていって、彼女の意思は薄れていくと分かっていても、言ってしまう。

 だけどそんな中でも、恋愛的な意味での“好きって言って”だけはお願いしないように気を付けた。

 “やだ”と同じように……それは、愛が本心で思った時だけ聞きたかったから。愛に、本心から好かれたかったから。


 その日、好きと言ってくれることはなかったけど。


 いつの日か、言ってほしいな。


 それで愛と……両想いになりたい。


 こう思う時点で、私にとって愛への感情が友人に対するものではなくなっていたことに自覚もないまま。


 ふたりの同居生活は、こうして幕を開けた。















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