第11話「私に、触らせて」























 海水浴お泊まりデートで、ひとつ。


 気になることができた。


 それは、


「愛って……性欲とかあるの?」


 私がお願いすれば、何度だってセックスに応じてくれて、愛の方からも“苦手を克服したい”という理由ではあるものの誘ってくれた。

 ということは、さすがにそういう欲がないと出来ないだろうし、愛もムラムラとかするのでは?

 そんな疑問を抱いた私は、さっそく家に呼び出して来てもらった愛に言葉を選ばず真っ直ぐ聞いてみた。

 いつも通り定位置のクッションの上で膝を立てて座り、ブックカバーのついた本を読んでいた愛は顔を上げて、小首を傾げる。


「私も人間だから、通常…人に備わっている欲求は存在してるはずだよ」

「つまり?」

「…自分で認識してる欲は薄い方だと自覚があるけど、ないわけではないよ」

「というと?」

「……あります」


 遠回しな言い方をしていた愛も、何度か聞けば最終的に折れて小さく頷いた。


「じゃあ、ムラムラしたりもするの?」

「…ホルモンバランス等の影響で、平常時より欲求が強まる場合はあります。しかしそれも、他の女性と比べると、少ないかもしれません」


 感情のない声で呟いて、本を開く。

 あんまり話したくないから、もうやめてっていう無言のお願いだと気付いた私は、性欲について聞くのはその辺にして本題を切り出すことにした。


「ねぇ、愛」

「…うん。なに?」

「今日は私が、愛に触ってみてもいい?」


 そう、もし彼女に少しだったとしても性欲があるなら……触るばっかりじゃなくて、触られることも許してくれるはず。

 と、企んでお願いしてみたら、愛は俯いて黙って、しばらく本に視線を落としたままの状態で思案していた。

 もしやこれは、思わぬところで初の「やだ」が出るんじゃ…?

 僅かな期待を込めて相手の言葉を待つ。


「……いいよ」


 だけど結果は、いつも通り。

 頷いてくれたことが嬉しいんだか残念なんだか、複雑な気持ちになりつつも、乱れる愛の姿が見れるかも?と考えたら気分は上がった。

 セックス中に無反応は、さすがにないでしょ。


「じ、じゃあ……服脱いで、ベッド行こ?」

「…わかった」


 愛にだけ脱がせるのも気が引けたから、カーテンを閉めて電気を消して、薄暗くした部屋の中で私も着ていた服を脱いだ。

 お互い下着姿になって、恥ずかしいからそそくさと毛布の中に潜り込む。


「な、なんか……緊張しちゃうね」

「……うん」

「とりあえず…キスしとく?」

「…いいよ」


 乗り気じゃなさそうだけど、許可は貰えたし…と、さっそくチュッと愛の唇に自分の唇を軽く当ててみた。

 何気に自分からキスをするのは初めてで、少しドギマギした気持ちで、嫌がられなかったから次はゆっくり相手の唇を奪った。

 興奮した様子もなく受け入れてくれた愛の手が頬に伸びてきて、優しく撫でられる。

 私も同じように頬を包んで撫で返して、甘噛みするみたいにしながら、体の上へと股がった。

 しばらくキスに没頭して、次第に興奮して体を熱くする私とは違って、


「愛……このまま、触るよ?」

「……大丈夫」


 唇から顎、顎から首筋と口元を移動させても、愛はピクリとも反応を見せなかった。


「……胸、触ってもいい?」

「ん…いいよ」


 不安で仕方ないけど、敏感なところを触ったら何か変わるかもしれない…と胸の膨らみに手を置いた。

 だけど直接触ってみても、舐めてみても愛は静かな顔を変えなくて、むしろどこか退屈そうにぼんやり天井を見ていた。

 ……もしかして、きもちよくないのかな。

 くすぐったそうにする気配もないし、仰向けで何をされても無反応な彼女が、感情のない人形か何かに思えてくる。


「…こっちも、触っていい?」

「……いいよ」


 さ、さすがに一番刺激が強いところを触れば何かあるよね…?と期待したのも虚しく、反応どころか濡れてさえなかった。

 なんだか気持ちが落ち込んで萎えちゃって、拗ねて鎖骨の辺りに額を預けたら、穏やかな手つきで髪を撫でられる。

 

「きもちよくなかった…?」

「……ごめんなさい。元々、快感を得ても濡れにくい体質みたいなの。先に伝えておけばよかったね」

「不感症…ってこと?」

「場合によっては感じることもあったから、そういうわけではないと思う」

「そうなんだ……ん?」


 丁寧な説明に納得しかけて、ふと。


「感じたことあるって…どんな時?」


 言い回し的に、もしや愛もオ■ニーするんじゃ?ということに気が付いた。


「……性的興奮を覚えた時」

「そうじゃなくて…何をしてたら感じたの?」

「触ってたら」

「あ、愛も、その…自分でしたりするってこと?」

「しないよ」

「ん、んん…?」


 言葉が足りなすぎて全然分からない。

 下ネタは苦手なのか、途端に口数が少なくなるから、本気で話したくないんだな…って察して深堀するのはやめといた。

 愛が感じないなら、もうセ■クスする意味もないかなって、体から降りて隣に移動する。

 にしても、触られるのに向いてない体質の彼女と付き合い続けるなら、今後はずっと私が触られる側なんだ…そう思うとちょっと寂しい。


「愛……頭なでて…」

「…ん。いいよ」


 相手の体温に触れられない代わりに、触れてもらうことをねだれば、感情のなかった瞳に優しさが宿る。


「キスして…」


 些細な感情の機微に気付いた心を高鳴らせて、願えば願うだか叶えてくれる相手からのキスを、目を閉じて待った。

 だけど、いつもみたいに返事がなくて、望んでいた感触も与えられないからどうしたんだろう…?とまた瞼を開けたら、


「かわいい…芽紗」


 愛にしては珍しく切ない気がする声を出して、そっと唇が重ねられた。

 そのまま挟み合って、舌を絡ませていくうちに相手の体がどんどん私の上に覆い被さる形になって、気が付けば唇だけじゃなくて耳や胸にもキスを落とされていた。

 自然な流れで始まったセ■クスは、会話もなく静かで。

 ……今、どんな気持ちでやってるんだろ。

 興奮してくれたのかな?とか、感じなかったからお詫びのつもりなのかな、なんて考える思考は、じんわり広がるように盛り上がる感覚によって溶かされた。


「あ……い、愛……きもちい、それ…もっと」

「…うん」


 ただただ私を満足させるためだけの行動は続いて、行為中に好きと一度も言わないふたりの関係は…恋人というよりセ■レにも近いかもしれない。

 もう純粋な友達の頃には戻れなくて、かといってちゃんとした恋愛感情を持つ恋人同士にもなりきれない。

 そんな中で、じわじわと心を蝕む感情があった。


 愛に、嫉妬させたい。


 私がその手の内から離れそうになった時、失いたくないと思われたいし、必死になって引き止めてほしい。

 “やだ”って言われたかっただけの試し行動は、そうやってどんどん形を変えては歪んでいく。

 この独占欲は、恋と呼ぶにはあまりに邪悪で。

 あるのはなぜこうなるのか説明のつかない執着心と意地だけで、愛に対する思いやりや気遣いは薄れかかってしまっていた。


「……しばらくさ」

「…うん」

「他の子と遊ぶ予定で埋まってるから、会えない」

「……そっか。わかった」


 行為後になって伝えたら、少しは寂しがってほしかったのに、すんなり頷いてしまった愛に腹を立てる。


「愛は、私と会えなくてもさびしくないの?」

「…すでに約束を交わしている他の予定を優先するのは当然で、そこに対する不平不満はないよ」

「さびしいかどうかって聞いてんの」

「……ごめんなさい。さびしいとは、あまり思わない」

「なんで」

「芽紗には芽紗の時間があって、たとえ私と過ごしていても、そうでなくても、その時間を楽しむことは有意義で大切なことだと思うから」


 愛なりの優しさなんだって、言葉の端々から感じるけど……私が言ってほしかったのは、そんな言葉じゃなかった。

 ただ一言、“さびしい”って。

 彼女の口から聞けたら、少しは安心できたのに。


 もう、試し行動なんてしなくて済んだかもしれないのに。


「……ねぇ、愛」

「なに?」

「オ■ニー見せてよ」


 わざと嫌がりそうなことを選んで言えば、思惑通り愛の瞼が少し下がって、黒く澄んだ瞳から光が無くなる。

 だけど、どうせこれでもきっと彼女は「いいよ」と言う。

 分かってる。愛は全肯定BOTだから、どんな無理難題を突き付けても、好ましくないことを願っても……何を言っても受け入れてくれるって。


 こんなことしても、無駄なんだって。


「…いいよ」


 ほら、そうやって。


 感情の抜け落ちた声で、それでも頷くんだ。


 ……悔しい。


 感情的になってほしいのに、とことん愛の感情を押さえつけることばかりする自分が、嫌だ。

 そんな私に、黙って従っちゃう愛の性質も、嫌いだ。


「今すぐ、やって」


 なのに止まらないのは、


「わかった」


 心のどこかで、私のためにそこまでしてくれる健気な愛も大好きだと……もはや友情か恋愛か分からない欲深な感情で、思ってしまうからだ。




 















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