第10話「下着、脱いで」
夜まで休んだ後は、レストランで海鮮を楽しんで、大浴場で汚れを落として、疲れた体を癒やしきった。
浴衣に着替えてまた部屋に戻ってからは、もう寝るだけだったんだけど……寝る前になって、私はとあることを思いついてしまった。
海で遊び尽くして、お腹もいっぱいな状態の今、さすがの愛も疲れて寝たいと思ってるはず。
そこで、私が「朝までえっちしたい」ってさらに体力を消費させることをお願いしたら、どうなるんだろう…?
セックスに関してはもう、リベンジも達成できただろうからする必要もないし、これはさすがに断るのでは。
「ね…ねぇ、愛」
「なに?」
「えっちしたい、んだけど…」
「…触る?」
「う、うん。朝までしてくんない?」
「芽紗が辛くならないなら……いいよ」
期待は打ち砕かれて、失敗に終わった。
断るどころか、むしろ私の心配までしてくれた優しさを前に「やっぱやめた」なんて言えなくて……結局。
「っあ、ぁ……やば。愛、もう、やばい…んん」
「……そろそろやめる?」
「やだ、もっとして……おねがい…もっと舐めて、愛…っ」
「…ん、いいよ。いっぱい気持ちよくするね」
三回目ともなればすっかり私の良いところを見つけた愛の手によって翻弄され続けて、どちらかの体力が切れるまで行為は続いた。
やめて、って言っちゃったら本当にやめちゃうのが、そういう焦らしプ■イを受けてるみたいで、そのもどかしさがまた興奮材料となって。
最終的に、これが勝負なら私は完敗と言ってもいいくらい途中で情けなく気を失って、翌日の朝。
「おはよう、芽紗」
「……おはよ」
「体に異変はない?」
涼しい顔で心配しながら私の髪を撫でて、額にキスまで落としてくれた相手に悔しさを募らせた。
く、くそぅ……普通にめちゃくちゃ気持ちよかったし、なんなの。
私より遅く寝たはずなのに、私より先に起きてるのも余裕な感じがしてまた腹が立つ。
「も、もう愛とはえっちしない」
「…ごめんなさい。満足できなかった?」
「ち…違うけど、しない」
「……ん。わかった」
意地悪なこと言っても、おとなしく引き下がって分かっちゃうのもやだ。
今、何をされてもイライラする。
これは良くない……と思いつつ、理不尽すぎる八つ当たりを受けたら愛も怒ってくれるんじゃ?と、また悪い企みが頭を過ぎった。
だけど良心と悪意が脳内で戦って、なんだか考えてるうちに胸が痛くなってきてやめた。
「……顔洗ってくる」
「うん。…私も一緒に行く」
冷静な思考を取り戻すため冷たい水で顔を洗って、ついでに歯も磨いて、肌ケアもして……チェックアウトまでは、まだまだ眠かったからベッドの上でのんびり過ごすことにした。
「愛……ひまー」
「…何か話そっか。それとも、早めに準備して出かける?」
「次どこに遊び行くか、予定立てよ」
「うん、いいよ。…どこか行きたい場所はある?」
「んー…」
ゴロゴロしながらスマボ開いてカレンダーを確認する。
他の子と遊びに行く予定もいくつか詰まっていて、週に最低でも二回は出かけたりすることを考えると……圧倒的に、金欠である。
大学生になってから始めた居酒屋のバイト代が入るとはいえ、豪遊できるほどじゃない。むしろ遊びたい盛りの私にはいくらあっても足りない。
お金を使わない遊びもあるから、工夫すればなんとか……でも、愛とどこか行ったりデートらしいデートなんてする機会そうそうないし、せっかくなら遠出もしたい。
「ねぇ……愛」
「…なに?」
「今度からさ、デート代……全部、愛が出してくんない?」
「うん。いいよ」
冗談半分に、これはどうだ…と確かめる目的も含めて聞いたら、愛は渋ることもなく即答した。
「え。いいの?」
「うん」
「これから先、ずっとだよ?」
「ん、いいよ」
嘘でしょ?
本気でお願いしたわけじゃないから、すぐに「冗談だよ」って訂正したはいいものの……愛の心が広すぎて、本当にどこまで許してくれるのか気になる思いを強めてしまった。
もっとひどいお願いしたら、どうなる?
「あ、あのさ」
「うん。なに?」
「夏休みの間、私が会いたいって言ったら……いつでも来てくれる?」
「…基本的には、可能だよ」
「深夜とかでも?」
「うん」
「いいんだ…」
深夜に呼び出しという、なかなかしんどいこともOKしてくれたから、じゃあ次は…とまた少し違う種類のお願いをしてみる。
「今日の帰り……下着つけないで服着て」
「…どうして?」
「どうしても」
「ごめんなさい。必要性が分からないから、教えてほしい」
「そ、そういうプレイがあるの。ノーパンノーブラで歩かせて興奮するっていう…」
「芽紗は、それが好きなの?」
「う……うぅん、まぁ…好き?かも」
「それなら、いいよ」
「まじ?」
「…うん」
正直、興奮するかどうか聞かれたら微妙だし、そんな趣味全然ないけど、それで納得してくれたから良しとしよう。
にしても、こういう系もいけちゃうんだ。なるほど。
意外とエロに対して耐性があることを知れたから、この時点でもう満足ではあった。
ただ実際にやってみたら「やっぱやだ」ってなるかもしれない、その僅かな期待に賭けて、本当に下着なしで外に出てもらうことにした。
でも、チェックアウトの時間も近づいてきて、さっそく愛は持参していた白のワンピースに着替えてたんだけど。
「あ……まずいかも」
「…ん?」
「■首、けっこう透けちゃってるかも…」
他人の私から見てかなり分かりやすい状態だったから、ブラだけは着けてもらうようにした。さすがにあれは…中にキャミソール着ててもアウトだった。
下は別に透けたりとかなさそうだし、平気そうかな…どうかなって、愛が歩く変態にはならないように最新の注意を払う中、本人は気にも留めず平然としていた。
「朝食はどうする?ホテル内のビュッフェでも食べられるし、この辺りの観光地を巡って気になるお店で食べるのもいいと思う」
至って通常通りに支度を終えて、鞄を持ちながら話しかけてきた愛の……下腹部をじっと見る。
こんな普通にしてるけど、今この人ノーパンなんだよね。…そう思ったら、どんな気持ちでいるのかますます気になった。
もしかして、布一枚ないくらい愛にとってはどうでもいいことだったとか?
いやいや、いくらAIっぽいとはいえ、彼女も年頃の女の子。さすがに少しの恥じらいはあるはず。スカートだし。
「や、やっぱり、嫌だったら履いていいよ…?」
「……何も不都合はないから、大丈夫だよ。履いてほしい?」
「えぇ…」
履いてほしいかどうかで聞かれたら、そりゃ心配だから履いてほしいけど。
でも、いざ外に出たら反応変わるかな?風とかでスカート揺れるたび気になるだろうし。
それなら、そうなってから履かせる感じでも遅くない…?
血迷った結果、そのままの状態でホテルを出た。
「…良い天気だね。芽紗」
入道雲が浮かぶ青々とした空を背景に、笑いはしないものの優しく瞳を細めた儚げな少女がノーパンである事実に、誰よりも自分が驚きを隠せなくて戸惑った。
……え。ほんとに履いてないの?
実は私が知らない間に履いたんじゃ…なんて、愛に限ってそんなこと絶対にない。これは断言できる。
「どうしたの?行かないの」
「あ……うん。行く」
なんか、私の方が恥ずかしくなってきた。
愛よりも短いスカート履いてる自分の下着を気にするよりも先に、無防備すぎる愛のスカートの中身が気になって仕方ない。
脳裏ではずっと、「ほんとに大丈夫なのかな」「見えちゃわないかな」って、まるで自分の事のようにソワソワする私の隣で、愛は軽快な足取りで歩き出した。
「っす、ストップ」
「ん?」
「見えたらどうすんの。もっとゆっくり歩かなきゃ」
「?……ただ歩くだけでは見えないよ」
「いやでも、ほら…風とか」
「そうなったら見えないように押さえれば良いだけだから、大丈夫だよ」
メンタル強すぎて、私の心が折れそう。
とにかくヒヤヒヤするから、急いで車に乗り込んで、もう観光どころの話じゃなくなって早々に帰宅することに決めた。
「ほんとによかったの?現地のおいしいものとか…」
「だ、大丈夫。早く帰って、早くパンツ履こう」
「……途中のパーキングエリアに寄って、トイレで履いてくる?」
「いや……その間に誰かに見られでもしたら怖いから、とりあえず家の近くまで行って」
「わかった」
乗ってる車はレンタルしたものだから、それを返して家に帰るまでの間だけ気を引き締めればイケるはず。
なんでこんなに危機感ないのか分かんないけど、まじで怖い。変なことお願いするんじゃなかった。興奮してる余裕もない。
と。
途中までは、いっぱいいっぱいで混乱してたんだけど。
「…手続き終わったから、帰ろう?芽紗」
「……うん」
車に揺られること数時間。
無事にレンタカーも返せて、安堵したらすっかり気が抜けて。
歩きながら、最後の最後にどうしてもスカートの中身が気になっちゃって。
それに、さすがにこのお願いは無理でしょってことも、思いついちゃって……
「…愛」
まだ太陽の照りつける真っ昼間。
「今、スカート捲くって見せて」
車通りも、人気もない閑静な住宅街の、道のど真ん中で、そんな愚かなお願いをしてしまった。
「……ん。いいよ」
てっきり「こんなところで好ましくない」なんて言って、だから「やだ」って断ってくれると思ってたのに。
浅く口元を緩ませて、微笑を浮かべた愛は、ためらうことなくスカートの裾を掴んで持ち上げた。
青い空に、眩いほどの陽の光が射し込んだアスファルトの上。
おそらく私以外の人間は目にできないだろう光景を前に、思わず息を呑んだ。
「やば…」
初めて見た他人の恥部は、愛のだからか嫌な気はしなくて……むしろ、きちんと毛の処理もされて整えられてるのが、なんとも彼女らしくて感動した。
そこの造形まで人形みたいに綺麗で、ここまで来ると愛は本当に人形か何かなんじゃないか…ってバカげた感想を抱く。
「もういい?」
「う、うん……ごめん。変なことさせて」
「いいよ。…満足できた?」
「や…満足っていうか……うん。ありがと。あと、ごめんなさい…」
もう二度としません、と口に出して誓って、スカートを下ろした愛が手を差し伸べてくれたから、その手を取って歩き出した。
「愛って……毛の処理ちゃんとしてるタイプなんだね」
「うん。夏場は特に、衛生的に良くないから。母に勧められたお店で脱毛してるよ」
「私もしてる…一応」
「知ってる。触る時、薄めだったから」
「言わないで…」
私ばっかり恥ずかしい思いを重ねてて、愛には敵う気がしなくて項垂れた。
それでも諦めの悪い私は、それならもっと……と、また愚かな道に進んでいく。
この辺りから、じわじわと。
ふたりの関係は、変化していった。
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