第9話「やめないで、続けて」
私も少しは泳げるから、思いきり泳げなくて物足りそうな愛に付き合うため、うきわを返して途中からはふたりでスイスイ海の中を行ったり来たりしてみた。
こんなガチ泳ぎするなんて思ってなかったけど…無表情でも楽しいのが伝わるくらい楽しんでるみたいだし、楽しみ方は人それぞれだよねって前向きに捉えた。
「はぁー……楽しいけど、疲れる…」
「……休む?」
「うん。おなかすいた」
「海の家があるよ。そこで、飲み物だけ買っていこう?」
「…ごめん。奢ってくんない?お金、車の中置いてきちゃった」
「ん、いいよ」
「ありがと。後で返す」
水から出たらどっと疲労感が押し寄せて、海の家でお茶と水を何本か買って、ちょうどお昼時だったから休憩ついでに愛の作ってくれたお弁当を食べることにした。
テントの中に座って、持ってきていたクーラーボックスから、機能性重視なんだろうな…っていう、無骨なお弁当箱を取り出した愛が準備してくれるのをそばで待つ。
「電子レンジで温められないことを考慮して、冷えてもおいしくなるように作ってきたよ」
「おぉ……ありがとう」
愛ならではの細かな配慮も込められた箱の中身は、見事に私の好物ばかりだった。
おいなりさんに、タコさんウインナーとだし巻き卵、それからエビチリ、レタス入りポテトサラダ。デザートにはわざわざ皮と種を取り除いてくれてる状態のスイカとメロンも入っていた。
「おいしそ…!私おいなりさん超好き!」
「……具なしのおにぎりもあるよ」
「あ、いいね!シンプルな塩むすびが一番おいしいんだよね〜…!」
「いっぱい食べてね」
「うん!いただきます!」
ウキウキで食べ進めて、どれもシンプルな味付けだったのがこれまた私の好みでテンションは上がる。
ふたりとも少食な方だからか、量もちゃんと少なめに作られていて、おかげで残すことなく楽しめた。…なんならおいしすぎて、ちょっと足りなかったまである。
「めっちゃおいしかった!愛ありがと、だいすき」
「…いいえ。喜んでくれてよかった」
お礼に抱きついた私を受け止めて、静かな微笑で髪を触った。
「いつもおいしそうに食べるね、芽紗は」
「おいしいもん。…でも、お腹いっぱになったら眠くなってきちゃった」
「このまま寝る?」
「ちょっと寝よっかなぁ…」
「うん……いいよ。でもテントで日陰になってるとはいえ、この炎天下の中寝すぎると良くないから…一定時間経ったら起こすね」
「ありがとう〜…」
欲に正直な私があくびをすれば、お弁当をしまったりと後片付けをしていた。
この後、「地面固くて頭痛いから膝枕して」と言ったら「いいよ」と返してくれて。
だから愛の腿に頭を預けながら、体にはバスタオルをかけてもらって、そのまましばらく目を閉じて過ごした。
私から何を言わなくても頬に張り付いていた横髪を耳にかけてくれて、その流れで頭を撫でてくれた手のひらの感触に心落ち着けながら、気が付けばがっつり寝ちゃってたらしい。
「そろそろ一時間が経過するよ。水分補給した方がいいかも」
「ん……んぅ…ー……のませて…」
「……いいけど、寝ながら飲むと危ないよ」
「じゃあ……口移しで…」
「…ん。いいよ」
起こし方ちょっとロボットみたい、とか思いながら半分冗談でお願いしたら、意外にも許された。
飲みやすいようにか、顔の向きを上へと変えさせられて、顎に置かれた手が口を開けさせるよう動く。
目を閉じたまま暗闇の中で口を薄く開けたら、そこへ柔らかな感触が当てられて、次に冷たいけど少しぬるい液体が流し込まれた。…味しないから水かな。
一回の量じゃ水分補給するには足りないと思ったんだろう、何度か作業的に繰り返された口移しにはドキドキもしなかった。
「……飲めた?」
「…うん」
「まだ寝る?」
「起きる…」
少し寝たら体力も回復して、あんまり待たせ続けるのも気が引けたからまだ眠い体を起こす。
また泳ぎに行くかなって思ってたけど、私に気を使って泳ぐことはしないで、早めの時間にホテルに行こうと提案してくれた愛とふたりで後片付けを始めた。
お互い黙々と、話さなくても自然と役割が分かれるから、片付けはすんなり終わった。
着替えもシャワーも済ませて、車へと戻る。
「ホテルまでは、ここから三十分くらいだよ。眠かったら寝てていいからね」
「ありがと……愛は疲れてない?」
「…私は大丈夫。お気遣いありがとう」
「ホテル行ったら、一緒に休も」
「うん」
免許を持ってない私は代わりに運転してあげることもできなくて、申し訳なさから居心地を悪くした。
本人の言うように疲れてる気配のない愛の運転でホテルへ移動して、チェックインはお任せした。…後でお金渡そ。
愛が予約してくれたのは、よくある大型のリゾートホテルで……一階には売店やゲームセンターなんかもあった。
夜はホテル内のレストランで食事する予定なんだとか。
だからそれまでは部屋でゆっくり休もうと思って、寝る前に部屋備え付けのシャワーでも……と、考えてたんだけど。
「わ……すごい。広い…!」
グレード高めの部屋を予約してくれてたみたいで、想像より開放的で広かった室内を見て、テンション上がって眠気も吹き飛んでしまった。
ベッドも予想外に大きくて、ツインじゃなくてひとつしかなかった事には困惑した。
「え、やば!海も見えんじゃん」
一面ガラス張りの窓に手をつけて、外に広がる海と空を眺めてさらに気分を上げる。
でもこんなに良い部屋……きっと高いんだろうな、って。
割り勘にしたとしても、私のお小遣いで足りるか心配になって金額を聞いたら、
「…私が内緒で選んだところだから、芽紗は出さなくて大丈夫だよ」
何回か聞いてみても、終始こんな感じの返答で、結局教えてもらえなかった。
お金そんな持ってないし、ここは素直に甘えさせてもらって、気を取り直してベッドへと飛び込む。
「はぁ、ふかふかだぁ……最高〜…」
「……かわいいね、芽紗」
これは今すぐにでも寝れる、なんてベッドシーツにスリスリ頬を寄せていたら、珍しい褒め言葉を呟いて隣に座った愛に頭を撫でられた。
「な…なに、急に」
「…なんでもひとつお願い聞いてくれるって、前に言ってたの……覚えてる?」
「う、うん。そういえば、前に言ったね」
あの時は何も出てこなくて、けっこう時間経ってるからすっかり忘れてた。
このタイミングでのお願い……想像もつかないんだけど、なんだろ?
愛の口から何かを望まれることがそもそも初めてで、検討もつかないから考えるのはやめて、おとなしく相手の発言を待った。
「セッ■スさせてほしいの」
「ん?」
神妙な面持ちで何を言うかと思ったら、冗談とかじゃなく愛は真面目にそうお願いしてきた。
言われてすぐは「なんつーことを…」って面食らったけど、ふと……これは私のご機嫌取りでもなんでもない、愛の意思なんだと気が付いて、心臓は高鳴った。
やだ、なんて言わせる必要もなくなった。って…嬉しかったのに。
「なんで、セ■クスしたいの…?」
「前回、うまくできなかったから……もう一回、挑戦させてほしいの」
聞いた私がバカだった。
そりゃそうだよね、あの愛がいきなり性欲滾らせることなんてないよね…と変に納得しちゃって、もう諦めた気持ちで頷いた。
「したいようにして…」
「わかった。ありがとう」
苦手を克服するチャンスを得られて嬉しいのか、僅かばかりキリッとした瞳でやる気を出した愛を見て、いよいよどうでも良くなって大の字で寝転んだ。
どこからでも来いスタンスで待っていたら、彼女は私の体を跨ぐ形でシーツの上に手をつけて、まず最初に軽いキスから始める。
気分はどこまでも複雑だけど、まぁ…キスは嫌いじゃないから良い。
「かわいい……芽紗…」
雰囲気作りの一環なのか、頬を指で触りながら褒めてきた愛の、吐息混じりの囁きに不覚にも照れちゃって、そわそわした気持ちをごまかすために瞼を下ろした。
何度か浅いキスを繰り返して、探る動きで伸ばされた舌先を受け入れる。
「触っても、いい?」
「……いい…よ」
まだ遠慮がちな愛が触りやすいように、自ら服の裾を持ち上げてみれば、下着と素肌を見た彼女は見つめたまま固まってしまう。
…なんで胸見るとフリーズするんだろ。
理由は後で聞くことにして、動き出すのを待つ。
待ってる間、恥ずかしいから天井の方を向いて、掴んでいた裾で顔の半分を隠した。
「……触るね」
「う、うん」
背中に回った手が■■のホックを外して、布をずらされる。
前回の反省から学んできたのか、耳のそばや首筋に軽く唇を当てながら柔く揉みだしたのを、やけにうるさく響く心音を耳の奥で聞きながら感じた。
自分から言わなくても触ってもらえる感触が不思議で仕方なくて、そういった意味でも落ち着かない。
「芽紗……キスしたいから、顔見せてほしい」
これも、勉強した成果なのかな。
愛のことだから、きっとそうなんだろうな。
普段言わないことばかり続いて、嬉しさよりも嫌になる。
セ■クスのために……いや、出来ないことをできるようにするために必要なら、そんなことまで言えちゃうんだ。いつもは言わないくせに。
拗ねた気持ちで、それでも裾から顔を出す。
視界に入った愛の表情は、まるで興奮なんか微塵も感じてなさそうな静かなもので、余計に傷付いた。
唇を重ねて、私の体温を感じ取ろうとするみたいに動くのに、吐息が荒れることもない。
「……もっと、興奮して。愛…」
耐えきれずにねだれば、ようやくそこで熱い吐息が相手の唇の隙間から漏れた。
愛は、意外にも演技派なのかもしれない。
考えてると萎えるから、もう思考を投げ捨てて、与えられる感覚のみに溺れることにした。
言葉はほとんどない中で、がむしゃらに快感だけを求めて動くのはなんだか本能的な行為に思えて、それはそれで興奮する。
「…ここは、舐める方が好きなんだよね?」
「う…ん。でも、撫でられるのも……きもち、い」
悔しいことに、あの一回で学習したらしい愛の、丁寧で優しい愛撫は気持ちよくて…舌先が触れるたびもどかしさが募って腰が揺れ動いた。
気分も体温も上がりきった頃に足の間に手が入って、訪れるであろう快感に備えて細い首にしがみつく。
頭の後ろを支え持つように撫でられながら、じんわりと押し広げられる未知の感覚を受け入れた。
「痛い…?」
「へ、へいき…」
「……舐めながら触った方が、いい?」
「わかんな…い」
「舐めてもいい…?」
「ん…う、い…いいよ」
抱きついていた体が離れたことに寂しさを感じたものの、その後すぐ足の間に顔を落とした愛によって与えられた刺激に、そんな余裕も失う。
「あ……は、ぁ…っやば、い……やばい、それやば…い、愛っ…」
「……やめた方がいい?」
「っや……ぁう、つづけて…っおねがい」
全身に鳥肌がたつくらいの激しさに切ない声を上げて、必死な仕草で愛の髪を掴んでしまった。
それも構わず、私からの「続けて」というお願いを叶えるためか単調なようで的確な動きが止むことはなくて。
気が付けば頭の中が真っ白に染まっていた。
満足感を実感できたのは終わってから数秒して呼吸を再開させた後で、その間に濡れた手や口元を拭って抱き締めに戻ってきてくれた愛の重さを受け止める。
「…どうだった?芽紗」
「まじやばい……きもちよすぎてやばかった…」
「ん。…よかった」
二回目は彼女的にも満足のいく結果だったようで、ホッとした声が耳元で聞こえた。
「苦手、克服できてよかったね…愛」
「……うん。気持ちよくできて、嬉しい」
自分で言ってて恥ずかしくなっちゃったのか、首元に隠れた愛の頭を撫でながら、微笑む。
事後になると隠れちゃうの、かわいすぎ。
こういうとこは、ほんも人間っぽくて良いな…ってやけにスッキリした頭で穏やかな感想を抱いた。
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