第4話「ここも、舐めて」
























 過去のことを思い返せば、今の愛は随分と変わったと思う。


 たまにではあるものの…ちゃんと笑うようになったし、自分の気持ちなんかも少しは言ってくれるようになった。

 だけどそれでもまだ足りないと思うのは、どうしてなのか。

 愛と過ごす時間が長くなればなるほど、彼女を知れば知るほどに、渇望にも似た欲は際限なく膨らんでは、耐え切れず破裂する。

 今では欲が変な方向へ進んで、そのおかげで恋人になったとはいえ、私の中の認識ではまだ友達のままなのもあって……初日にキスをして以降、まるで恋人らしいことをしてない。

 愛の方からも誘われないし、名目だけの関係はこのまま維持され続けると思ってるんだけど、それはそれでつまらないとも思う。

 別にキスがしたいとか、そういうわけじゃない。

 ただ、もっと感情的になったり、何かに興奮したりする…人間味溢れる姿が見たいのは事実で、


「……一緒にさ、AV見よ」


 だから、とある日の夕方。

 突拍子もないお誘いをしてみた。


「…うん」


 いいよ、とは言わないまでも了承の意思は見せてくれた愛は、読んでいた本を静かに閉じた。

 正直、断られないだろうな…って思ってたからここまでは予想通りで、さっそくスマホを使って適当な動画をひとつ再生した。

 ベッドの上で、ふたり。

 なんの反応も示さない愛と横並びで寝転んで、無言で女の喘ぎ声を聞くという……なんともシュールな時間を過ごす。

 ……もっと動揺したり、すると思ってたのに。

 予想に反して、隣にいる愛は終始無表情で、どこか退屈そうにも見える冷めた瞳で画面を眺めていた。


「これ、好みじゃなかった?」

「…好みとか、ないよ」


 気になって聞いてみれば、そもそも興味なさそうな言葉が返ってくる。


「こういうことしたいとか……思わないの」

「どうだろ。…あんまり考えたことない」

「……私がしたいって、言ったら?」


 性欲があるかも怪しい愛に、チラリと横目で反応を窺いながら聞いてみる。

 彼女は表情ひとつ変えずこちらを向いて、


「いいよ。…する?」


 首を僅かに傾けながら、静かな声を出した。


 どうやら頼まれればキスどころか、セックスまでできちゃうらしい。


「……しない」


 この間も思ったけど、そういうことに対する躊躇いがないのは少しびっくりする。

 私はまだまだ女同士でキスしたりすることに抵抗と恥じらいがあるし、セックスなんて……できそうもない。

 いやでも、軽いキスくらいならできるかな…?

 ふと、自分がどこまで愛としても平気なのか興味が湧いて、すぐ隣にある綺麗な顔を見上げた。


「やっぱり、キスはしてみたいかも」

「……ん。いいよ」

「愛からして」

「…うん」


 お願いしてみたら、体ごと私の方を向けて体勢を変えた愛を見て、目を閉じる。

 私の体を跨ぐ形で手を置いた愛が耳に髪をかけながら顔を落とすと、望んでいた感触が唇に当たって、軽く触れ合った後ですぐ離れた。


「…もう一回」


 あっという間すぎて分からなかったから、うっすら瞼を持ち上げてねだれば、私の願いを叶えようと動いた愛の顔が間近に迫る。

 まつ毛ひとつひとつ、丁寧に植え付けられた人形みたいに整った目元は、透き通った瞳を隠すように瞼が落ちて、まるで胸の高鳴りなんてない静かな表情でまたキスをされる。

 ……なんか、前よりも平気かも。

 むしろ愛の体温をハグ以外で感じられるのは、ちょっと気分が良い。


「もう一回、して…」

「……うん」


 頼めば何回でもしてくれるけど、触れてすぐ離れるだけなのがもどかしくて、私の方から唇を軽く突き出したら、挟むような動きで返された。

 何も言わなくても枕元の、顔の横に置いてあった手を握って、恋人繋ぎまでしてくれた愛は息すら荒れないのに、次第に私だけが高揚感を得て熱く震えた吐息を漏らすようになってしまう。


「舌…入れて」

「…ん」


 本当はこういう時、相手から積極的にきてほしいんだけど。

 それも、言えばしてくれるんだろうな…って思いつつ、物足りない気持ちを我慢することができなくて、自ら深く深くへと誘っていく。

 …今度、私からもしてみようかな。

 差し出された舌を口内に招き込みながら、興味本位でぼんやり考える。

 私にキスされたり、触られたりした時……愛はどんな反応するんだろう。今は冷静だけど、さすがに興奮したりするのかな。


「……愛…」

「…なに」

「このまま、触って…ほしいな」


 とりあえず今は、触ってる時の愛を見てみたくなって、思いのほかキスが気持ちよかったのも相まって甘えた声を出したら、相手の口元が綻んだ。


「ん……どうやって、触ればいい…?」

「胸、とか…触って」

「…服の上から?」

「う、うん…」


 私の言った通り触ってくれるものの、自発的にしてくれないから……やらせてる感が強くて、少し萎える。


「この後は、どうすればいい…?」

「……いちいち聞かれるの、恥ずかしいんだけど」

「そっか。…ごめん」

「なんか…もっと、こう……ここ触りたいとか、ないの?」

「…分からない。ごめんね」


 謝られても、それがより羞恥心を煽ってくるだけだった。

 私だけムラムラしてるの、いやだ。

 だけど愛を興奮させられるほどの自信も方法もなくて、どうしようか悩んだけど……体のムズムズを晴らしたくて先へ進むことにした。


「直接……触って、みて」

「…うん」


 愛の手が裾からスッと入り込んで、服の中で下着の布をずらされる。

 体温の低い手の温度が触れて、私の反応を探りながら彼女は軽く揉んでみたり、撫でてみたりと手を動かした。


「キス、して」

「…ん」


 触られるだけじゃ思ったより気持ちよくなかったから、一度キスしてもらって、自分の中の欲を高めようと試みた。

 やっぱり、キスするのは気持ちいいかも。

 愛の薄く赤い、そこだけは温度の高い部分が触れると、それだけでのぼせ上がりそうになる。

 慣れてるのか、慣れてないのかさえ分からない落ち着いた仕草で、何度か離れてはくっつく…を繰り返して私の希望を叶えようと動いてくれるのも、心が満たされる感覚がした。


「ほっぺにも…」

「ん…」

「耳…も、舐めて…?」

「うん……わかった」


 そうやって、少しずつ。

 彼女の唇を欲しいところへ誘導していって、まるでキスするみたいに耳の外側に唇が当てられた時、くすぐったいゾワゾワが肌の上を駆けた。


「そ…こ、くすぐったい」

「……やめる?」

「うん……触るのは、やめないで…」

「わかった。…次は、どこにキスすればいい?」

「ここ…」


 もどかしさが心の中で弾けて、自分で服を捲りあげて胸元を露わにしたら、突然のことに驚いたのか愛はしばらく人の肌を見つめたまま動かなくなってしまった。

 …AVもあんまいい反応じゃなかったから、そもそもこういうの苦手だったかな。

 それとも急すぎたかな…?って心配になって相手の頬に手を当てて顔を下から覗えば、動揺してるみたいにも見える瞳が小さく揺れて、まつげが伏せられる。


「愛…?」

「……ごめん。なんでもない。続けるね」


 次の瞬間には真顔に戻っていた愛は、丁寧に胸の膨らみに唇を当てはじめて、■■の方は気を使ってるのか避けるという…無自覚の焦らしが続いた。


「こ、ここ…も」

「ん…」


 自分の指でも軽く撫でながらお願いしたら、愛はすぐ吸いついてくれた。

 じわじわともどかしさが全身に広がって、一か所に集まっていく感じが、モヤモヤするのに気持ちいい。

 舐めてと言えば舐めてくれるし、つまんでと言えばそうしてくれるのが、そういうプレイだと思えばけっこう…普通に興奮できた。

 でも、さすがに■■までは無理かな、気持ち悪いかな…?と思いつつ、愛がどこまでしてくれるのか気になってお願いしてみたら、


「……ん。いいよ」


 嫌がる素振りひとつ見せず、私の■の間にその綺麗な顔をうずめた。

 本当に頼めば何でもやってくれるんだ……と感心しながら、だんだん考える余裕もなくして、その都度欲しいところへ欲しいままにおねだりしていった。


「っぅ……〜、愛…その、まま…っ」

「ん」


 与えられる刺激がどこか機械的で、単調で変わらないなのが逆に良くて、自分でも予想外に早く終わりを迎えた。

 一段と体を萎縮させた後で脱力して、シーツの上にぐったりして、荒れた呼吸を整えようともせず瞼を落とす。

 ものすごく満足できたけど…なんか、セ■クスというよりも人を使ったオ■ニーって感じが強くて、終わった途端とてつもない罪悪感に苛まれた。

 どんなものか分かったから、もうしないかな……ひとりでした方が、気が楽。

 

「…この後は、どうすればいい?」

「んー……とりあえず、だきしめて…」

「うん、わかった」


 私の上に覆い被さって抱きしめに来てくれた愛の背中に手を回して、珍しく高い体温を服越しに感じる。


「ねぇ、愛……どうだった?私とえっちしてみて」


 もしかして興奮してくれたりしたのかな?って、少しの期待を抱いて聞いたら、返事に困ったらしい愛の体が微動だにしなくなる。

 相当、なんて返したらいいか分かんないみたいで、黙って思考してる間、私は火照った体から温度が引いていくのをついでに待った。


「反省点が、多いから……次までに、改善する」


 数分してぽつりと伝えられた感想は、あまりに愛らしい堅苦しいもので。


「ふは……っまじめか」


 思わず吹き出して頭を弱く叩いたら、恥ずかしかったのかなんなのか、愛は人の首元に顔をうずめて隠れてしまった。

 



















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