第61話 ニューギニアから摘まみ出せ

 日本陸軍のポートモレスビー作戦は海軍のMO作戦が辛勝に収まったことを踏まえて本格化した。ラエから次々と爆撃機と襲撃機が飛び立つとポートモレスビーの連合国軍飛行場を叩き回る。連合国軍が自ら打って出ることを一切許さなかった。


 ラエとサラモアに上陸してオーウェン・スタンレー山脈を踏破した山岳部隊と二個支隊の数千名が大攻勢を開始する。MO作戦に際する艦隊を再編した。海軍の攻略部隊が上陸船団を連れて接近する。ポートモレスビーの連合国軍は陸路と海路から挟撃を被るわけだ。ニューギニアから連合国軍を摘まみ出すべくポートモレスビーの戦いが幕を開ける。


「俺たちは迫撃砲の砲撃を背に突撃する。軽機関銃と重擲弾筒は休みなく撃ち続ける。歩兵は止まることなく突っ込む」


「箱井中隊長が異様に気張っていましたが」


「ポートモレスビーに突入した一番槍にはビールが贈られると聞いた」


「そいつは俄然やる気が増します」


 彼らは本腰を入れた攻略のために武器と弾薬を空輸からチマチマと受け取り、かつ山脈を辛うじて超えた大規模な補給も間に合ってくれた。しかし、過酷な地形を乗り越えるために重量物の運搬は不可能である。道路を一から整備する余裕なんてものは皆無だった。火砲は山砲と歩兵砲、迫撃砲、重擲弾筒など軽量級が占める。ポートモレスビーの堅牢な防御を崩すには物足りないと思われたが故に海路と挟撃を仕掛けた。


 内陸側に敷かれた防御線に迫撃砲が砲撃を開始する。迫撃砲は重砲と野砲に比べて射程距離こそ負けた。大口径でも軽量で簡便な点から山脈越えに適している。九七式120mm重迫撃砲と九八式81mm軽迫撃砲が火を噴いた。九九式60mm曲射歩兵砲という小型・軽量を突き詰めた迫撃砲もある。こちらは最前線の撃ち合いに投入された。


 日本軍の迫撃砲は石原莞爾が強引に導入したフランス製ストーク式を基に有する。フランス製の改良版である81mm軽迫撃砲はもちろん、大口径に拡大させた120mm重迫撃砲、空挺部隊向けに小型化した60mm曲射歩兵砲を次々と生み出した。日本でも簡単に製造できる程に安価で簡単を誇る。戦線拡大に伴い生じるだろう野砲不足の解決に白羽の矢が立った。


「そぉら! 始まったぞ!」


「我ら金子小隊の突撃を見よ!」


「着剣!」


 ガチャガチャ…


 迫撃砲の一斉砲撃を合図に突撃の用意を整える。彼らは過酷な地形を走破する都合で短小銃は持たなかった。これは否である。南方の密林では長大な銃身を有する小銃は持てなかった。山林でも障害物に引っかかって邪魔になることが多い。それなりの重量が文字通りの重荷と変わった。敵軍と衝突する前の移動の時点で疲弊する。いざ戦闘の際も機動力を削いでしまい余程の熟達者でない限りは運用できなかった。


「突撃ぃ! 突撃ぃ!」


「軽機の弾幕を頼むぞ。背中に当てるんじゃない」


「はい!」


「手りゅう弾を用意! 手りゅう弾を投擲してから突撃を開始する!」


 小隊は簡易的な蛸壺に身を潜め続けてきたが遂に解放の時を得る。友軍の迫撃砲隊が猛砲撃を浴びせている中に躍り出た。まずは自身で活路を見出さんと手りゅう弾を投擲する。歩兵一人が携行できる火器の中でも手りゅう弾は優秀を極めた。これを小さな爆発物と侮ることなかれと高い制圧力を発揮する。


 手りゅう弾が炸裂することを確認次第に雄叫びを上げて突撃を開始した。銃剣突撃時の雄叫びは十人十色でも「天皇陛下万歳」が多数派となろう。彼らの威勢の割に手にする銃器は随分と小振りだ。主力の九九式短小銃と比べても半分以下の大きさは玩具に等しいが凶悪な火器と知られる。


「あの障害物まで駆け込めぇ!」


「佐田の野郎め! やたらと撃ちやがって!」


「突撃支援の弾幕射撃はそういうものだ! 敵弾が来るぞ!」


「伏せろぉ!」


「こういう時に機関短銃の小振りがあり難い。小銃じゃ引っ掛かってしょうがない」


 彼らは戦場の特性を鑑みて最新鋭の一式機関短銃ことサブマシンガンを装備した。日本軍のサブマシンガンは百式機関短銃が有名である。一式機関短銃は百式機関短銃の弱点たる生産性を向上させた。基本的な性能自体は大して変わっていない。百式の木材の使用を止めたり、削り出し加工をプレス加工、溶接加工に変更したり、低品質なスチール鋼を採用したり、等々の工夫を凝らした。これらにより生産に係る費用と日数を大幅に節約する。


 ドイツ陸軍のMP-38からMP-40への改良を真似したに過ぎないが、日本軍独自として銃剣の装着装置を追加しており、機関短銃の近接戦闘をふんだんに盛り込んだ。銃剣は重量増加を招くことを指摘できると同時に強烈な反動を抑える利点も見出した。銃剣の有無に関しては個人の自由とするが大半の兵士は着剣を原則と決めている。


「ちくしょう。なんちゅう抵抗だ。こいつは進めませんよ」


「航空隊は飛行場に一目散に向かった。今日一日は支援を見込めない」


「せめて15センチの榴弾砲があれば…」


「海上封鎖を敷いても大砲と砲弾はたんまりですか!」


「俺に言うな! 文句は敵に言え!」


 海軍に恨み節を吐かないだけの余裕はあるようだ。敵軍の設置した障害物を逆に利用して機関銃の掃射から逃れるが、時折に軽めの着弾音が聞こえることより、敵軍は何処から得た大口径の機関砲を構えている。実際にP-39戦闘機から37mm機関砲を取り外した。これを土嚢に置いて即席の歩兵砲と運用する。連合国軍守備隊の窮乏を窺えるが、歩兵の突撃を食い止めるに十分すぎる威力を発揮し、小隊単位で突撃は静止を余儀なくされた。


 過酷な地形で重砲はおろか野砲を投入できないことが悔やまれる。迫撃砲が休まずに砲撃しているはずだが、あいにく、ストーク式迫撃砲は劣悪な精度が弱点とされた。砲弾の投射量で補っても有力な打撃は与えられない。土嚢を積み上げるだけでも砲弾の破片や衝撃波から身を守ることができた。これを粉砕するには決死隊が手りゅう弾を投げ込むしかない。自分達の小隊が嘗ての爆弾決死隊と変わろうと覚悟を決めた時に救世主が到着した。


「全員耳を塞いで伏せろぉ! 耳の鼓膜から足の先まで無事でありたいならだぁ!」


「な、なんじゃぁ?」


「言われた通りにするんだ! この程度の泥では不良を起こさん!」


「ええい、ままよったら!」


「一人も欠けてはならないんだ! 素直になれ!」


 小隊各員は後方から聞こえて来た絶叫に等しい指示に従う。障害物を盾にして地面に突っ伏した。機関短銃に泥や砂が入ろうと構わない。このぐらいで故障するような銃器は投げ捨てた。地面に突っ伏してから数十秒が経過すると今までとは比べ物にならない強烈な炸裂音と衝撃波を観測する。あまりの炸裂音と衝撃波に鼓膜が破れた兵士は少なくなかった。この小隊は両耳をしっかりと抑えて叫んだことで免れている。


 あれだけ煩わしかった大口径機関砲と機関銃の掃射はパタリと止んだ。小隊単位で恐る恐ると顔を上げた先に土嚢が散乱する陣地が見える。敵兵が無惨に飛び散ることは見慣れた。事態の急激な好転に驚く間もなくニヤッと笑う。ハンドサインで「突撃」を確認し合った。


「ブワハハハハハ!」


「見たか! これが俺たちの九八式臼砲ぞ!」


「どんな要塞でも作ってみやがれってんだ。江戸っ子の花火を舐めるんじゃねぇ」


「位置を前にずらす! 移動開始!」


 防御線に一撃で穴を開けた下手人は秘密兵器の九八式臼砲である。シンガポール要塞攻略戦やコレヒドール要塞攻略戦に大活躍してきた。臼砲と称するが広義の迫撃砲に括る。スピガット式迫撃砲の無砲身砲の一種とされてム砲の愛称で親しまれた。口径は30cmの戦艦級を誇るが、非常に簡便な構造から分解して人力の運搬が可能なため、南方の密林など車両を使えない戦場に最適を評する。射程距離こそ最大で約1300mと短いが機動力の高さで埋め立てた。


「砲弾はたっぷりとある! 敵が降伏するまで撃ち続ける!」


 ポートモレスビーの一番槍は誰の手に渡る。


続く

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