第60話 源田の槍

 フレッチャー艦隊は空母機動部隊同士の艦隊戦に勝利を収めた。勝利の余韻に浸るのも束の間と日本軍の基地航空隊の爆撃機から攻撃を受ける。主に巡洋艦と駆逐艦といった護衛艦が撃沈や大破など甚大な被害を受けた。敵機はヨーロッパ戦線に登場したスキップボミングを採用して専ら護衛艦を狙う。


「夜になれば偵察機程度しか飛べない。夜間爆撃は当たるものじゃない」


「陸軍航空隊の夜間戦闘機がいればと悔やまれます。あいにく、制空権は奴らが握り込んでいる」


「ワイルドキャットを飛ばしてみますか? 志願者を募っても」


「危険なことはできない。翌朝に再攻撃があるかもしれない」


 日本軍のポートモレスビー攻略作戦を阻止する前に空母を保全した。珊瑚海から一時的な離脱を図る時に夜が訪れる。夜間攻撃の可能性を排除できると雖も警戒は怠らなかった。ニューギニアの地上戦は芳しくない。ポートモレスビーは陸路から猛攻撃に曝された。海上からの攻撃を阻止しても陸路はどうにもできない。制空権を奪われていることが致命的なのだ。艦隊防空は艦載機が頼りである。陸上機の支援に期待できなかった。明日の朝に再びスキップボミングを被ってもおかしくない。フレッチャーと参謀達は作戦の続行か中止(撤退)を夜通しで話し合った。


 基地航空隊の刺客が迫っていることも知らず。


~T部隊~


 彼らは葉巻の腹に必殺の魚雷を抱えた。


「対艦電探はどうだ。映っているか」


「ばっちりです。島を捉えています」


「島と敵艦の識別ができれば楽なんですが」

 

 ラバウルの海軍基地航空隊は祥鳳の敵討ちと言わんばかりに闘志を燃やす。ラバウルを筆頭にニューブリテン島の海軍基地航空隊は攻撃隊を矢継ぎ早に放出した。前代未聞の薄暮奇襲と称した夜間雷撃を計画する。これを担うは異次元の練度を誇るT部隊だ。


 T部隊とは源田実大佐(連合艦隊航空参謀)が考案した少数精鋭の陸攻隊である。敵戦闘機の迎撃を避けるために薄暮奇襲と称する夜間雷撃を専門にした。日米の太平洋決戦におけり切り札の一つに数えられ、開戦直後は英海軍東洋艦隊の迎撃に充当されたが、直前になって、連合艦隊が東洋艦隊に艦隊決戦を挑むことが決まる。夜間雷撃の機会はズルズルと延期された。T部隊は遂に夜間雷撃の機会を得たかと思えば、MO作戦に係る敵艦隊の撃滅を命じられ、俄然やる気を増して必殺の魚雷を直撃させる。


「天皇陛下より賜った特製の一式陸攻だ。傷はつけても落ちるなよ」


「防御火器を削ってまで最新装備を詰め込みましたが防弾は意地でも削らなかった」


「当たり前のことを言うな。勝敗は問わない。我らは生きて帰る。何度も何度も攻撃を加える。勝つまでは止まらなかった、否、勝つまでは止まれなかった」


「腹に抱えたM魚雷をぶち当てないと帰れません」


「無駄話はやめだ。そろそろ、水偵が報告した周辺に入る」


 島嶼部の水上機基地から水偵が発進してフレッチャー艦隊の捜索に出た。陸上偵察機は夜間偵察も可能と言うが水偵乗りは最初から夜間偵察を担う。昼間と夜間で機材と人員を適材適所と使い分けた。水偵は見事に敵艦隊の発見に成功して位置を報告する。


 水偵が最後に遺した報告の位置を巡るように飛行した。彼らの一式陸攻は夜間飛行に特化した特別仕様らしい。自前の偵察用と別個に夜間雷撃用の対艦電探を装備したり、操縦手の負担軽減に自動操縦装置を搭載したり、防弾板を追加したり等々が施された。これにより重量が嵩んで航続距離が短くならざるを得ない。軽量化の一環として防護機銃を20mm機銃1門に減らして従来の機銃手は電探担当や航法担当に転職した。


 何の灯りも無い中で雷撃を敢行することは常識外れに該当する。一応は英空軍のタラント軍港空襲が数少ない夜間雷撃の例に挙げられたが、別動隊が事前に照明弾を投下した上で行っており、T部隊は水偵の照明弾投下を一切も受けなかった。完全な暗闇の中で雷撃する以上は専用の対艦電探を装備する。各員が月月火水木金金の猛訓練を耐えた。


「小島にしては変な反応が幾つかあります。この海域に小島は無かったような…」


「敵さんが撃ってくれたらわかるんだが」


「そんな阿呆は乗っておらんでしょうに」


「発光信号や通信を試みますか?」


 索敵用の対艦電探に小島にしては変な反応を検知する。対艦電探と言うが大型艦の構造物を遠距離から検知することが精一杯だ。大きな島はもちろんのこと小さな島を敵艦と誤認することが多い。特に夜間で判別することは至難の業と言えた。敵艦か味方艦の識別も覚束ない。向こうから通信を図るか撃ってくれるとありがたいが、今回は謎の反応が自ら正体を明かした。


「対空砲火!」


「曳光弾が綺麗なもので絶景です。当たらん弾を吐き出せる。いかにもアメリカ人らしい」


「感嘆している暇があるか。敵艦隊を一旦は通り過ぎてから反転し雷撃体勢に入る」


 T部隊を現場単位で率いる隊長が命じるまでもない。全機は小隊単位に分散した上で敵艦隊を通過した。敵艦隊の対空砲火はバラバラで統制が取れていない。陸軍航空隊の高速爆撃機が反跳爆撃を以て外堀を埋めた。敵艦隊の対空砲火は散発的に始まって次第に濃度を増している。一連の様子から指揮統制が効いていないと見抜いた。


 フレッチャーは謎の機影に友軍機(B-17)を疑うと配下に対空戦闘は「待て」を出したが、護衛の駆逐艦が先走って撃ち始めると即座に「止め」を命じるも、謎の機影は分散して攻撃態勢に移る。駆逐艦の先走りは後で詰めることにして対空戦闘開始を追認した。


「巡洋艦と空母を間違えるなよ。艦影の時点から違うんだ」


「この頭の中にヨークタウン級の姿がすっぽりと収まっています。それに視力は衰えちゃいません」


「対艦電探の反応から見るに中央部の2隻が空母です」


「闇夜を見通すのは電子兵装だな。恐ろしい」


 一式陸攻を大小さまざまな機銃弾が包み込む。主翼と胴体を掠る程度で致命傷に至らなかった。この時のために追加の防弾板を施した甲斐がある。電探手が見つめる画面に敵艦隊が映るが、中央部に大型艦特有の強い反応を示しており、ヨークタウン級空母と看破した。全員が優れた視力を有する上に夜目に秀でる。それでも電子兵装の目は遠方から見透かしてみせた。


「あぁ、見えてきたな。敵空母だ!」


「あいつのどてっぱらにM魚雷をぶち当ててやる」


「突っ込むぞぉ!」


 単純な夜間飛行を超えて夜間雷撃を担う。全員にチョコレートが配布された。あまり味の良くないチョコレートは携行糧秣に括られる。カフェインよりも強力な覚醒成分が一定量と含まれた。眠気を吹き飛ばすだけでない。強烈な高揚感を覚えて恐怖心を克服した。もちろん、薬と毒は紙一重のために軍医の下で厳重に管理される。


 海面から10m弱の海面スレスレを飛行しながら爆弾倉の扉を開けた。正規量産型は最大で1tの爆弾か800kg級の航空魚雷を携行する。T部隊の一式陸攻は炸薬量は600kgの総重量は1.5t級のM魚雷を運用した。まさに一撃必殺の航空雷撃を叩き込まんとする。大型の空母は一撃で沈むことはないだろうが、一発で戦闘不能に追い込むことができ、最低限の働きと敵艦隊の撃退を狙える範囲を射程に入れた。


「良く見えるぜ。空母がいるぞぉ!」


「まだだ! M魚雷は沈みやすい! 必中距離で投下する!」


「それがわかれば苦労しないんですがね!」


 ただでさえ、航空雷撃は距離感を誤り易いにもかかわらず、夜間の暗闇という空間では把握すら難しく、M魚雷という特大の重量物の取り扱いは最大級の注意が求められる。どの機体からも愚痴が聞こえてきた。それも対空砲火の音が掻き消している。使い捨てロケットも無い中で果敢に突撃した。じっと腹に抱える必殺の魚雷を投下する好機を待つ時間は30秒とかからない。誰にとっても悠久の時のように思われる程に長かった。


「今だぁ!」


 敵空母に衝突する直前にM魚雷を投下すれば必然的に機体はグンと上昇する。これを逆手にとって飛行甲板の真上を通過する芸当を披露した。一式陸攻が過ぎた海に空気魚雷の航跡が一際目立っている。


 白い航跡はいつか途切れるのだ。


続く

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