第59話 新戦術スキップボミング
「戦闘機隊は敵戦闘機隊と接触! 交戦を開始しました!」
「攻撃機はどこにいる。戦闘機だけ突っ込ませるわけがない」
フレッチャー艦隊は即座に戦闘機隊を発艦させた。ワイルドキャットは日本軍の戦闘機と互角である。集団で一撃離脱の戦い方を間違わなければ負けることはなかった。敵爆撃機も撃墜できると自信を抱いているが、肝心の攻撃機がどこにいるか掴めていない。
「やはり、基地航空隊が出張ってきた。不沈空母とは面倒だがB-17は何をしている。敵の基地を予め潰してくれれば…」
「B-17も損耗が激しく空の要塞とは言えません。日本軍の戦闘機は強力です。現にワイルドキャットがやられています」
「敵機の判別はつかないのか」
「オスカーと聞こえます。ゼロよりも厄介な軽戦闘機であります」
ワイルドキャット隊は敵戦闘機と交戦を開始して暫くが経過したが、あまり芳しくないようであり、一方的でこそないが被撃墜は増すばかりだ。艦載機は連戦に次ぐ連戦で搭乗員の疲労が否めない。フレッチャー艦隊は友軍の基地航空隊より防空の傘を得られなかった。日本軍は空母艦隊が撃破されても有力な基地航空隊が健在である。陸上基地所属の戦闘機と攻撃機は大攻撃隊を構成した。
ワイルドキャットが対峙する敵機は日本陸軍の一式軽戦闘機『隼』ことオスカーと識別する。ワイルドキャットのライバルは日本海軍のゼロファイターと認識した。時偶に日本陸軍の戦闘機と交戦する。重戦闘機と軽戦闘機の二本立ては混乱を承知するが前者をトニーと後者をオスカーと呼称した。
オスカーは難敵と恐れられる。小柄な軽戦闘機らしく軽快な機動性はフィフティーキャリバーをひらりと躱した。自機の後方に張り付いて中口径機銃をパラパラと撒いてくる。ワイルドキャットは速度こそ勝っているために一撃離脱攻撃を基本とすれば撃墜されることはなかった。パイロットが気を抜いた僅かなミスを犯した瞬間に撃ち抜かれる。
「新たな敵機が出現! 左舷より接近中!」
「10時方向に攻撃機らしき機影が多数!」
「5インチ砲とエリコンは弾幕を張れ! 護衛艦は攻撃機を通すな!」
「敵機は低空を飛行しています! 双発機の群れです!」
「雷撃だ! 回避機動は任せる」
見張り員は声を精一杯に張り上げた。彼らの優れた視力が貫く先に双発の大型機が低空を這っている。敵戦闘機が中高度から侵入を図ったことはワイルドキャット隊を引き寄せる囮役と理解した。まさか大型爆撃機が低空飛行で侵入してくるとは思わない。
マレー沖海戦に大規模な航空攻撃は行われなかった。大型爆撃機が低空飛行より雷撃を敢行することは常識外れに変わりない。海軍基地航空隊に所属する一式陸攻が航空雷撃を主戦術と採用した。米海軍も爆撃機による雷撃を十分な脅威と認識して大型艦から小型艦まで対空火器の刷新と増設を怠らない。
「対空戦闘開始! 5インチ砲は弾を使い尽くす勢いで撃て! 湿気るぐらいなら吐き出してしまえ!」
「シカゴのピアノを降ろしてエリコンに変えてみましたが…」
フレッチャー艦隊は数時間前まで敵空母艦隊の艦載機から攻撃を受けていた。全員の耳に5インチ砲の重低音に20mm機関砲の小気味良い音が残される。今度は低空の目標に対して猛烈な対空射撃が始まった。長距離の防空を担う5インチ砲が一斉に火を噴くと圧巻に尽きる。空母護衛の巡洋艦と駆逐艦も搭載する傑作砲なだけはあるようだ。
「敵機は急加速!」
「ダメだ! 照準が追い付かない!」
「なんだ、何をした!」
この時までフレッチャーを支える航空参謀は慧眼を光らせる。
「使い捨てのロケットです」
~百式高速爆撃機改・岩本機~
「ロケットとは何と使い勝手が良い。噴射時間がもう少し長ければ護衛艦を越せるものを…」
ラエ飛行場を発進した攻撃隊はワイルドキャットを隼に任せた。彼らは見事で綺麗な隊形を維持したまま低空に滑り降りる。艦隊から見れば恐怖の航空雷撃体勢は反跳爆撃の構えに過ぎなかった。もっとも、航空雷撃と反跳爆撃は投弾まで単調な飛行を強いられることに共通する。百式高速爆撃機改は防弾の充実さに定評があると雖も5インチ対空砲弾の直撃と20mm機関砲弾の掃射は洒落にならなかった。
そこで使い捨てロケットの出番となろう。
日本軍はロケットを多用して航空機分野では短時間・短距離の離陸を得たり、一時的な補助動力にして高空まで駆け上がったり、弾頭に炸薬を詰めて無誘導噴進弾に変えたり等々と工夫を凝らした。今回は約10秒の短時間に限定されるが一気に強烈な加速を得ている。大型爆撃機は爆弾と魚雷の大重量を抱えると必然的に速度を稼げなかった。
「むぅ…」
「無理ですね。巡洋艦と駆逐艦が挺身の構えを見せて空母を守っています」
「そもそも空母を撃つことが現実的でない。上層部には啖呵を切ったが幾らでも言い訳しよう」
「ちゃんと口裏は合わせますのでご安心ください」
「あぁ、敵機が降りて来たなんて言えばどうとでも」
5インチ対空砲弾の炸裂に20mm機関砲弾に包まれようと歩みを止めない。自機がビリビリっと揺れることは毎度で気に留めるまでもないが、各員の額には汗が浮かんでいる様子から緊張は否めなかった。このような状況に置かれても冷静に思考を巡らせる。敵の本丸を攻めるのではなく外堀を埋めることに変更した。各機は予定よりも早めに投下の用意を進める。
百式高速爆撃機改の13機を率いるは反跳爆撃の第一人者たる岩本大尉が務めた。彼は上層部から欧州戦線における反跳爆撃の研究を命ぜられたが、日本陸軍では運用する機体以前に戦地の問題を呈して独自の反跳爆撃を模索し、太平洋を飛行する以上は一定程度の航続距離が求められ、かつ猛烈な対空砲火を掻い潜ることより、彼は双発の高速爆撃機が適任と結論付けた。そして、戦艦と空母といった大型艦の攻撃に向かない。反跳爆撃は護衛の巡洋艦と駆逐艦、輸送船団などに用いるべきと持論を付与した。
「5番機が被弾して出力を失います!」
「ただじゃ落ちませんよ。25番は投下し終えました。呑龍が爆弾です。今こそ8名で爆弾と為さん」
「いつか靖国で会おう。酒を飲んで待っていてくれよ」
「お達者で」
5番機は左エンジンに5インチ対空砲弾が直撃する。速力を急速に失うが滑空飛行を続けた。この間に250kg反跳爆撃用徹甲爆弾の投下を済ませる。右エンジンを最大出力まで引き上げることで滑空時間を延長した。百式高速爆撃機改と8名は肉弾攻撃を敢行する。
「俺たちも続けぇ!」
「もう目の前!」
「まだだ! 人間の肉眼は意外とあてにならん!」
「海軍さんの陸攻の雷撃もこんな感じなんでしょうな」
12機は傷だらけになろうとお構いなしに突っ込んだ。機首の操縦部から見える敵艦の姿は大きい。単なる駆逐艦も大型艦と錯覚した。人間の感覚は意外と当てにならない。敵艦が眼前にあろうと実際の距離は存外に離された。せっかくの反跳爆撃と航空雷撃は易々と回避されてしまう。これを防止するには類まれな度胸が必要で何度も何度も海軍の艦船を借りて肉迫する訓練を繰り返した。
「いまだぁ!」
「起こします!」
(空母の飛行甲板を掠る程度が丁度良い。胴体下部に機銃でも追加できれば完璧になる)
12機で250kg爆弾48発が護衛艦に襲い掛かる。この時のために絶妙な調整が施された。普通の徹甲爆弾は重心位置の都合で沈んだり、過度に跳ねたり、自爆したりと使えない。反跳爆撃のためだけに改造した物を無駄にしては勿体ないで済まされなかった。
「振り返るまでもないわ」
敵艦隊の上空から離脱する中で断続的に爆発音が聞こえてくる。
スキップボミングは結実した。
続く
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