第58話 五航戦の尻拭い
「まずは敵軽空母の1隻を無力化した。神は我らに微笑んでいる」
「このまま敵艦隊を平らげてしまいましょう。輸送船団は二の次でも良いかと」
「旧式戦艦が控えている。悪くないな」
ニューギニアを巡る一連の戦いはモ号作戦(海軍名・MO作戦)に伴う珊瑚海海戦とポートモレスビー作戦(陸軍名)の地上戦の二つで一つを為した。まずはポートモレスビーの海上攻略を狙う日本海軍と阻止を測る米海軍の激突という。
日本海軍の五航戦は空母4隻を押し立てた。重巡洋艦から水上偵察機が発進する。水上偵察機が敵艦隊を捜索して次に艦偵を飛ばす二段構えであるが「間に合わせ」な故に連携に欠けた。敵油槽船を敵空母を誤認して大規模な攻撃を行う。味方艦隊に補給を終えた直後の『ネオショー』は不運にも爆沈した。米艦隊の本隊は全く別の方を航行中である。
まったくの空撃ちに終わった。
この間に本隊は空母からSBDドーントレスを索敵に出す。なんと運の良い事に五航戦の発見に成功したが、事前の暗号解読から得られた情報と相違を知り、敵空母は4隻と聞いていたものの2隻しか発見できなかった。これはどういうことかと疑う間もない。偵察機は戦闘機に追われながらも詳細な位置を伝えた。すぐに母艦から攻撃隊が発進する。
「私は反対します。敵は有力な基地航空隊を擁しました。島と言う不沈空母が出て来る可能性は高い」
「参謀の言うことは尤もだ。今は目の前の敵艦隊を滅ぼすことが先である。敵艦隊さえ退けることができればだ。ポートモレスビーは十分に防衛できる」
「わかりました。ただし、空襲があることだけは考慮に入れていただければ」
「もちろんだ。何のためにワイルドキャットを飛ばしている」
米艦隊はフレッチャー少将が指揮を執った。ヨークタウンとエンタープライズを基幹にした空母機動部隊を率いる。ホーネットは健在だが日本本土空襲に際してB-25を載せた。色々と無茶を重ねて直ぐに復帰させられない。レキシントン級空母は一番艦『レキシントン』がミッドウェー沖に沈んだ。二番艦『サラトガ』もハワイへ移動中に不慮の被雷から本土にとんぼ返りする。米海軍は不本意な消去法でもヨークタウン級姉妹を運用せざるを得なかったが、柔軟にも航空機運搬艦を活用して航空機の洋上補給を行うことで、日本本土空襲から戻る道中で艦載機を素早く交換した。
ヨークタウンとエンタープライズに所属するドーントレスとアベンジャーは見事に敵空母1隻を無力化(後に撃沈を確認)している。今まで幾度となく辛酸を嘗めさせられてきた。遂に一矢報いることを果たす。フレッチャー艦隊の士気は一気に向上した。フレッチャーも珍しく「神のご加護」と興奮を隠せない様子である。
参謀の一人は冷や水を浴びせるが如く忠告した。仮に日本の空母艦隊を退けても有力な基地航空隊が五体満足の健在である。基地航空隊は機動力の無い代わりに不沈を誇った。基地航空隊は島々に展開している。島に大量の爆弾を降らしても沈むことは起こり得ず、反撃の攻撃を受ける可能性を否定し切れないため、艦戦を夜間を除いて四六時中を飛ばして警戒を怠らなかった。
「ワイルドキャットが敵偵察機と接触!」
「叩き落せ。水上機程度は直ぐに撃墜しろ」
「それが敵機は恐ろしく速く! ワイルドキャットは追い付けません!」
「対空砲火を開けぇ! 通報される前に撃墜しろ!」
~敵艦隊上空~
双発の陸上偵察機が侵入と接触を図る。
「遅いわ、遅いわ」
「この速度なら機銃不要も理解できます。あっという間に引き離しました」
「今更に対空砲火を開いても無駄だが真正面から突っ込むぞ。一隻も漏れずに通報しろ」
この偵察機は双発であることから基地航空隊の所属であることを証明した。米軍のように空母に双発爆撃機を載せる真似は冒険が過ぎる。陸上偵察機はニューギニアの飛行場を発進し、五航戦を間接的に支援すべく敵艦隊捜索に精を出したが、どうも敵艦隊の尻尾すら掴むこともできなかった。操縦手と偵察手は独断で別の方角に切り替える。
「肉眼で百式司偵に追い付けるか」
「敵空母2隻に巡洋艦複数に駆逐艦多数あり。敵戦闘機が飛んでいる」
「もう少しは粘れそうだ。味方には少しでも詳細がわかるように伝えろ」
「わかってます」
日本陸軍のラエ飛行場に所属する百式司令部偵察機二型がワイルドキャットの追従を許さなかった。日本陸軍は世界に先駆けて戦略偵察機を開発する。九七式や九八式の成功から拡大と発展の百式を投入した。百式は洗練された形状で空気抵抗を極限まで減らしたり、軽量で小柄な金星エンジンを採用したり、軽量化と防護機銃を廃止したり等々の工夫を凝らす。これらの創意と工夫により最高速は600km/hに迫った。日本軍の中でも最速級を誇る。米軍の戦闘機を一切寄せ付けない快速より「地獄の天使」や「通り魔」と恐れられた。
「全て送り終えました!」
「燃料さえあれば接触し続けられるが、ラエまで戻れるかギリギリだな。あとは任せて退避するか」
「致し方ありませんね」
「ずらかろう」
米艦隊の位置から陣容まで詳細の詳細まで明かすと直ぐに退避に移る。ラエを発進してから暫くが経過して燃料の残量はギリギリを呈した。いかに長大な航続距離を有すると雖も限界が存在する。敵艦隊と数時間単位で接触できるのは海軍の飛行艇しかない。陸軍は長距離と長時間の偵察が可能な新型偵察機の開発を検討中だった。
百式司偵の発した急報はニューギニアのラエやサラモアだけでない。占領済みの小島の海軍基地航空隊まで届いた。五航戦の尻拭いと言わんばかりに島という島から攻撃隊が発進する。いつでも出撃できるように整備員は不眠不休で準備を整えていた。
「敵艦隊は空母2隻を連れている。海軍の艦隊の空母がやられたことの仇討ちとなろう。反跳爆撃の初陣で緊張しているかもしれん。な~に訓練通りに進めれば上手くいくさ」
「海軍基地航空隊の陸攻隊も発進したもようで…」
「こういうのは平等に早い者勝ちとなる。我々は敵空母を討つが臨機応変に外堀を埋める。敵空母を守る護衛艦を脱落させて大阪城の戦いを再現しよう」
「かしこまりました」
「隼の護衛を貰っている以上は必ず敵艦を沈めよ。1機あたり25番を4発も抱えた。1機で1隻を沈める気概で職務にあたれ」
「了解」
百式高速爆撃機改は新戦術の反跳爆撃を実戦で試す機会を得る。最大1tの爆弾搭載量を活かすために250kg反跳爆撃用爆弾を4発を携行した。敵艦隊の上空に直掩機の艦戦がいるらしく、ラエからほど近いサラモア飛行場から一式軽戦闘機こと隼が飛び立ち、敵艦隊の攻撃に向かう途中で合流して大攻撃隊を構築する。
南太平洋において占領済みの島々に海軍の基地航空隊が展開した。五航戦とその他の艦隊に指揮権が無いと言われるが、米艦隊を退けてポートモレスビーを攻略するに指揮系統を一旦は無視し、今は勝つために最善の手を尽くさねばならない。指揮系統が異なるからと言って動かない者は世紀の大馬鹿者と断じた。陸軍と海軍の基地航空隊は勝利を目指す。
陸軍基地航空隊が発進したと同じ頃に海軍基地航空隊の一式陸攻隊も発進を控えていた。彼らは報告の受け取りが少し遅れたことに加えて部隊の特性上から薄暮奇襲を計画する。陸軍基地航空隊の高速爆撃機に外堀を埋めてもらった。人間の活動が鈍って隙の生じやすい日没に奇襲を仕掛ける。
「源田の親父さんに託された命は是が非でも成し遂げる。陸軍基地航空隊の高速爆撃機が護衛艦を沈めるはずだ。栄光のT部隊は敵空母を雷撃して珊瑚の海に沈めてやろう」
海軍基地航空隊の中でも精鋭をかき集めた特殊部隊が待機した。源田実という航空屋が提唱した少数精鋭の部隊である。彼らは高練度を以て薄暮や深夜の奇襲を専門に構えた。それも高難易度の夜間雷撃に絞り込む。敵艦を沈めるに航空雷撃を上回る攻撃はなかった。日本が量で劣る以上は質で勝らざるを得ない。
「何か質問はあるか!」
「「「ありません!」」」
「よし! 全機発進!」
続く
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