第57話 モ号作戦(MO作戦)前夜

=五航戦=


「インド作戦を終えた二航戦を待つべきだが、陸軍はいつも突飛なことをしてくる」


 ニューギニアのポートモレスビー攻略に陸軍の地上攻略部隊は驚天動地の快進撃を以て眼前まで迫った。海軍もまさか地上攻略部隊がスタンレー山脈を電撃的に超えるとは予想していない。地上攻略部隊が突出した末に逆包囲に遭って壊滅することを回避すべく足並み揃えた。ポートモレスビーの洋上攻略作戦の前倒しを強いられている。


「さすがに石原莞爾も驚いているようでして…」


「陸軍大臣まで驚く始末で本当に想定外の事態です。こればっかりは責められません」


「そう脇の甘さを見せるとズケズケと入られる。石原莞爾は底が見えん怪物なんだ」


 ポートモレスビー攻略部隊と別に敵艦隊迎撃を担う機動部隊と第五航空戦隊が充当された。海軍は南方作戦を完遂して米豪遮断作戦に移行する中で艦隊改編に追われ、特に空母を基幹とする機動部隊は大幅な修正を挟む中途であり、第五航空戦隊は最たる例に挙げることができる。新鋭という実態は寄せ集めを呈した。


 第五航空戦隊は直近まで「本土空襲未遂事件」と呼ばれる「ドゥーリットル空襲」を受けての米機動部隊捜索任務に従事する。米軍の本土空襲は未遂でも許してはならないが、瑞鶴と翔鶴を中心に瑞鳳と龍鳳を加えて練度向上に努めていたところ、急遽とポートモレスビー攻略作戦実行の前倒しが決定した。本来はインド洋で英海軍駆逐作戦に従事した艦隊を転用する予定も地上部隊の快進撃がありがた迷惑と化している。


「ラバウルの海軍航空隊にラエとサラモアの陸軍航空隊がいます。ソロモン海から珊瑚海にかけて制海権こそありませんが制空権は確保しました。B-17が飛来しても重戦闘機が追い払うでしょう」


「いくら護衛機の傘を得られても長期間居座ることはできなかった。ポートモレスビー攻略は速やかに完了すべし。我々は敵艦隊を撃滅して直ぐに離脱する。これに変更はなかった」


(前任の原さんの方が遥かにマシだったかもしれない)


(学者将官の渾名に偽りなしか…)


 五航戦の司令官は直近に交代したばかりの井上成美中将が務めた。彼は今まで南洋の基地航空隊全般を指揮してきたが、突如として、艦隊勤務に異動が命ぜられると寄せ集めの五航戦を与えられる。この人事には最前線の勤務をさせることで事実上の左遷と見られた。一部からは闘将の角田覚治が率いる四航戦を充当すべきと言われる。井上成美中将は散々な評価でさすがに同情を禁じ得なかった。


 彼はソロモン海から珊瑚海にかけて制海権を確実にしていないことを理由に示す。消極的な姿勢を頑として崩さなかった。ポートモレスビーの攻略と支援に関しては別個に艦隊が用意される。自分達は米艦隊を撃滅することに専念して完了次第に退避することを宣言した。彼の言い分は十分に理解できるが配下の兵士が不満を覚えて当然である。大学の学者のような気質を皮肉ることが多かった。


「基地航空隊の働きに期待します。我々の仕事がなくなるぐらいの大活躍を」


「それが良いんだ」


(学者には皮肉も通じない。五航戦は今すぐにでも四航戦と合流すれば良いのに)


 とてもだが大作戦を翌日に控える様子には見えない。


 海軍は懐事情から五航戦を充当せざるを得なかった。例外的に基地航空隊に関しては大増強を続けている。ラバウルを中心に南洋基地航空隊を大投入した。陸軍も石原莞爾の伝言を辻政信が伝える格好で基地航空隊を注入する。


 つまり、陸海軍共に端から五航戦に期待していないわけだ。


=ラエ=


「海軍の基地航空隊は信用できる。空母艦隊は信用できんときた」


 ニューギニアのラエとサラモアは日本軍の強襲上陸が行われて直ぐに制圧された。ここに陸軍航空隊を主とした前線飛行場が整備される。一定の港湾機能を整えると各種輸送船がピストン輸送を行い、戦闘機と爆撃機はもちろんのこと建設用の鉄筋コンクリート、小松製作所のブルドーザーとロードローラーも運び込まれた。敵軍の攻撃を受けた際の復旧工事に備える。実際にB-17が飛来して爆弾を落とすことがあった。飛行場は滑走路を何度も破壊されたが、小松の重機が早期回復に尽力する。


 それはさておき、ポートモレスビー攻略作戦が本格的に始まると聞いて不眠不休で準備を進めた。本格的な飛行場に陸軍の軽戦闘機と双発重戦闘機、高速爆撃機が並べられる。仮設の前線飛行場にも旧式化した襲撃機や海軍製の艦載機が配置された。小さな飛行場でも運用可能と貴重な航空戦力に加える。海軍のラバウル大航空隊と連携してポートモレスビー攻略の支援と並行して米艦隊を抑え込んだ。


「よく聞けぇ!」


 現地指揮官による「集合!」の声がかかった瞬間にザっと航空兵が集結する。先までは自由時間で各自が伸び伸びと過ごした。これの十数時間後にはモ号作戦(MO作戦)が始まる。現地指揮官の掛け声で打ち合わせが始まった。ニューギニアは熱帯気候故にラフな肌着や半裸の男衆が集まる。


「やっと絨毯爆撃の日々から解放される。俺達は敵艦隊に反跳爆撃を行うことが決まった」


「よっし! この時を待っていたんです!」


「明日からですか? 爆弾は何を用います?」


「まぁ、まぁ、待て、待て」


 ラエに到着してから延々と絨毯爆撃に興じ続けて来た。飽きが訪れて久しい。100kg陸用爆弾を1日に何度も投下する日々を過ごしたが、本当の仕事は陸軍航空隊による対艦攻撃であり、対地攻撃の絨毯爆撃は副業に過ぎなかった。それも欧州で生まれた新戦術を専門にする唯一無二の誇りを胸に秘める。


 敵艦隊への攻撃は基本的に海軍基地航空隊の担当と言われた。陸軍基地航空隊はお茶を濁すことが精一杯である。海軍に頼りきりではいけないと自立を目指した。海軍の十八番である航空雷撃を模倣しては面白くない。その前に無用な軋轢を招きかねないと、陸軍の基地航空隊は独自の戦術を採ることが求められ、イタリア空軍が考案した対艦攻撃の新戦術に注目した。実弾を用いた試験を行うなど本腰を入れる。


「呑龍改は25番4発を使用する。敵艦隊に突入する際はロケットを噴射するんだ。いいか、ロケットは惜しむなよ。いくら使い捨てだからって惜しむんじゃない。エンジンを新調するよりも圧倒的に安上がりだからな」


「25番は普通の徹甲爆弾ですか?」


「安心しろ。反跳爆撃専用の徹甲爆弾を供給されている。つい先日に届いたばかりで数は十分とは言い難い。一度で使い果たす量しかないから一発も無駄にしてはならん」


「そいつはありがたい。普通の徹甲爆弾じゃ怖くて堪りませんので」


「俺の同期が事故で死んだからな」


「俺は生きてるっての。模擬弾で助かったんだ。お前さんの真横にいるだろうが」


 イタリア空軍は徹甲爆弾を石の水切りの要領で跳ねさせて標的に直撃させる反跳爆撃を考案した。欧州戦線の地中海で実行されると連合国軍の輸送船を沈める戦果を挙げる。日本陸軍では単発の襲撃機から双発の高速爆撃機まで幅広く適用できる利点に着目するも試験段階で障壁に阻まれた。数多の障壁を創意と工夫で乗り越えて遂に実戦にして実践の機会を得る。


「護衛機はありますか。敵艦隊が戦艦や巡洋艦の群れである可能性は低いかと」


「よく冴えているじゃないか。安心してもらって結構だ。一式軽戦の隼隊に護衛をお願いしている。敵爆撃機の迎撃には不向きでも、敵戦闘機の抑えには最高だ」


「ありがとうございます」


「他に質問はあるか? あるなら今日の内に聞いておけよ。明日は出撃準備で時間は1秒たりとも無いんだからな」


 12時間後に百式高速爆撃機改こと呑龍改が飛び立った。


続く

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