第62話 満州独立飛行隊の絨毯爆撃
ニューギニアを巡る戦いは遂に決した。
日本軍のMO作戦並びにポートモレスビー作戦は多大な被害を出すも辛うじて成功する。ポートモレスビーが陥落するとアメリカ軍とオースラリア軍の連合国軍は撤退を開始した。これを逃さんと言わんばかりに潜水艦が海域を封鎖する。ニューカレドニアやフィジーに機雷が敷設された。
石原莞爾陸軍大臣はニューギニア制圧の報告を受けて静かに頷く。
端的な一言で命じた。
「オーストラリアとアメリカに楔を打ち込んでやれ」
日本軍のニューギニア攻略は第二段階の米豪遮断作戦の一環に過ぎない。オーストラリア全土制圧は無茶苦茶だが、日米決戦から離脱させることができれば楽になることは言うまでもなく、南太平洋の豊かな資源を独占した。オーストラリアの資源もあわよくばとよだれを垂らす。
「満州独立飛行隊に出撃を命じます」
「ダーウィンは海軍がやってくれる。北部から東部にかけて満遍なくだぞ」
「厳命します」
(私は鬼となるんだ。地獄へ参ることは何ら気にしていない)
~ポートモレスビー~
「本日はケアンズを爆撃する。徹底的に破壊するんだ」
「上陸作戦でもやるんでしょうかい」
「石原閣下の命じたことにのみ注力せよ。それ以外のことは邪念と排する」
ポートモレスビーは激戦の傷跡を至る所で確認できた。工兵は日夜復旧工事に明け暮れる。小松製作所の建設用重機が到着した上に米軍から鹵獲した建設用重機を使用することで作業は急ピッチで進められた。特に飛行場の復旧は最優先である。必要最低限と戦闘機用の小滑走路を仮復旧してから爆撃機用の大滑走路を復旧させた。
米豪軍が反撃とB-17に新型のB-24を飛ばして来る。新型局地戦闘機の二式単座戦闘機こと鍾馗、双発の襲撃機が便宜的な重戦闘機と迎撃に発進し、敵機に爆弾の投下を許さなかった。海路で高速輸送艦から高射砲も次々と揚陸される。ここに足場を固めてから特異な爆撃隊が進出した。
「満州独立飛行隊は石原莞爾閣下の命にしか従わない。それ故に非合理的な任務を背負った。俺達は汚れ仕事を専門にしているが上等だろう」
「汚れ仕事は随分と楽な仕事ですがね。電探に従って爆弾を落とすだけ」
「こんな高度じゃ高射砲も届きませんし」
「なんちゅう爆撃機を貰えたんですか」
「それだけ石原閣下は俺達に期待してくださった。期待と御恩に応えねばなるまい」
「奉公といきますか」
満州独立飛行隊は文字通りの満州派に属する基地航空隊である。中華民国の満州で最新鋭の爆撃機と戦闘機を受領した。連日の猛訓練で日本軍航空隊の中でも最精鋭と謳われる。その正体は石原莞爾の私兵なのだ。石原莞爾の命でしか動かない(動けない)故に煙たがられる。本人たちは石原莞爾閣下に可愛がってもらうことに誉れを抱いて気に留めなかった。周囲からどう思われようとも無を貫徹している。意外と面倒事などは一切起こさなかった。他部隊の奴と喧嘩などの面倒事を起こせば石原莞爾の顔に泥を塗るに等しい。
「ケアンズに侵入しました。敵機は見られず」
「別働隊がニューカレドニアの爆撃に向かった。それの迎撃に割かれている」
「雲の下が見えない事が幸いです。予備機が上がってきてもおかしくない」
「電探も様様ですが爆撃コースに入りますので」
「よ~し」
ニューギニアの大半を制圧した次はニューカレドニア、フィジー、サモアに進出を予定した。米軍の拠点が存在して米豪連絡の中継機能を有する。これらを無力化して物理的に遮断すればオーストラリアを包囲できた。現にオーストラリアへの海上輸送は猛烈な通商破壊作戦に遭い、大量の潜水艦が遊弋して雷撃だけでなく砲撃、機雷敷設に悩まされたが、オーストラリアを通商破壊作戦の一本で屈服させることは到底不可能である。大陸国家は一定程度の自給自足で長期戦の構えを採る以上は脱落させるに直接的な打撃が求められた。
「雲海のせいで電探も調子が狂ってしまった。報告書は適当に書くさ」
「爆弾倉開け」
「爆弾倉開きます」
「爆撃コースよろし」
「手動操縦だからな。一寸たりとも狂わせるな」
「わかっています。武者震いも止めました」
(悪魔の所業を厭わなくなってきた。石原閣下の地獄参りにお供いたそう)
満州独立飛行隊に属する重爆撃機は絨毯爆撃を専門にする。敵地や敵艦に対する攻撃は高速爆撃機や襲撃機に任せた。彼らの仕事は絨毯爆撃と体よく称した戦略爆撃である。米軍は航空母艦にB-25高速爆撃機を搭載して日本本土空襲を計画した。捕虜の証言からも真っ黒と判明している。先に手を出したのは連合国なのだから文句は言わせないと「目には目を歯には歯を」を掲げた。
「対艦電探ではコース上に空軍基地と海軍基地があります」
「少しばかり市街地に逸れても風のせいだ」
「致し方ありませんね」
「投下まで秒読み開始…」
ケアンズは連合国軍の拠点として空軍基地と海軍基地が設けられる。先日も珊瑚海海戦において米艦隊の一部が母港と使用した。したがって、空軍基地から海軍基地にかけて爆撃するところ、無誘導の爆弾が風に揺られて数十発が市街地に降り注ぐことはやむを得ない。
「投下ぁ!」
「全弾を投下完了後は高度を8000まで上げるぞ。ペロハチも上がって来れない高度へ逃げ込む」
「了解。ロケットを準備しておきます」
「ロケットは取り扱いが面倒だから使い切ってしまえ」
満州独立飛行隊の重爆撃機は中島飛行機の連山だ。B-17E型のコピーと言われるが、Fw-200やDC-4から得られた技術と経験を盛り込み、川西の飛行艇由来の大型機技術を加えるなど、見た目こそB-17と酷似すれど純国産を誇り上げる。B-17の鹵獲から短期間で高精度の重爆撃機を拵えた。中島の月あたりの生産数は10機が精々のために満州飛行機に製造を委託して月産20機を目指す。
連山はB-17を全般的に上回るべくエンジンは1850馬力の護二三型(二段二速過給機が付随する)を採用した。爆弾搭載量と防御の充実、電探の積載等々に重点を置いて速度性能は二の次とB-17と大差ない。今日は迎撃機が見られない都合で防御はまたの機会に回した。その爆弾搭載量は最大で4tで絨毯爆撃時は100kg陸用爆弾を40発も積むことができる。目標が装甲化された拠点や軍艦でない限りは十分な威力を発揮した。
爆撃機が爆弾を投下する際はレシプロエンジンの轟音に負けじと陸用爆弾が風切り音を響かせる。あいにく、地上に到達する頃には風切り音は消え、代わりに恐怖の爆発音が連鎖した。連山が12機の合計480発がケアンズの空軍基地から海軍基地、市街地にかけて降り注ぐ。
「今日は晴れ時々曇りじゃないさ。局地的な大雨だよ」
「爆弾倉閉まりました! 目視確認よし!」
「しっかりと捕まってください。ロケットを点火します…」
迎撃機に襲われた時を想定して使い捨てロケットを常備した。今日は使わずに済みそうと思えど、ロケットは取り扱いが面倒で使い切る方が色々と好ましく、高射砲や迎撃機が見えなくても高高度に退避する手段に使う。
ケアンズを襲った局地的で短時間の大雨は大きな被害を出した。空軍基地と海軍基地の被害は軽微に収まる。市街地の電気、ガス、水道のインフラは寸断されて民間人に死傷者が数百名も発生した。病院もインフラの寸断で医療を満足に提供できない。まさに凄惨な状況を呈して市民は怒りを覚えるも矛先は政府と軍、ひいてはアメリカに向けられ、在留米軍に対するデモ活動も始まった。
アメリカ軍が負けなければこんなことにはならない。
そんな内容のビラがばら撒かれた。
(マッカーサーは生きている。我らの捕虜として…)
続く
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