第54話 ドゥーリットル隊を食らえ
~ドゥーリットル空襲~
日本本土を守る早期警戒機の原初たる天鳳が敵艦隊をキャッチした。日本軍が予想した通りで空母機動部隊が北方航路に割り込む。天鳳は即座に緊急電を発し追跡を試みた。すでに攻撃隊を放ったらしく退避行動に移っている。本土の基地航空隊から爆撃機を飛ばす以前のことだ。帝都を囲むように位置する飛行場から戦闘機が飛び立つ。
「敵爆撃隊は帝都へ向かい飛行中! 房総方面より侵入中は帝都防空隊が担う! 北九州へ向かう爆撃隊は別働隊が対応する」
「こんな時に来やがるなんて不幸な奴らだ」
「ゴタゴタ言っている余裕はないぞ。なんせ、輸送機から石原閣下が観覧されている」
「うちのおやっさんは肝の鍛え方が違う」
敵爆撃隊は房総方面から侵入中と大電探基地が絶えず教えた。彼らのおかげで無駄な索敵を排除して真っ直ぐに迎撃に向かうことができる。時間短縮は燃料の節約で交戦が可能な時間を引き延ばした。本土の防空は海軍基地航空隊と陸軍基地航空隊の協同である。特に帝都は陸海軍から精鋭を集め、最新鋭の機材を集中させるなど、贅沢の限りを尽くした。いわゆる『帝都防空隊』が存在する。年齢や出自の一切を問わないで熟練や天才を選抜した上に最新鋭機と高オクタンのガソリン等々の大盤振る舞いだ。
敵爆撃隊が千葉県から侵入する針路を採った都合で我孫子基地が一番槍を務める。大電探基地は最初期のコンピュータを駆使した。電探から得られた情報を基に最適な割り振りを導き出す。千葉県北方の我孫子基地が最も近いと結論を出した。ここより大柄の双発重戦闘機が猛烈な勢いで飛び立つ。迎撃戦は何よりも時間との勝負なんだ。敵よりも早く高度優位を確保しなければならず、敵よりも早く発見しなければならず、大馬力エンジンを轟かせながら使い捨てロケットを点火する。
帝都防空隊に選ばれた精鋭たちは航空無線に耳を傾ける中で衝撃的な情報を得た。地方出張から輸送機で帰京中の石原莞爾陸軍大臣が敵爆撃機とニアミスする。彼は逃げるどころか「敵爆撃隊が壊滅する様子を眺めたい」と観覧を希望した。なんという肝の座り方で感服を超えて一種の崇拝を覚える。
「いいか? まずは三号爆弾を投げ込んで編隊を崩す。それから機首機銃と斜め機銃をぶちこめ」
「もちろんです。57mmは8発しかありません。1発も無駄にできない」
「30mmは絶好調ですよ」
「20mmも不調見られず」
「はいはい。大口径機関砲の談義はやめだ」
彼らの直上も直上の上司である石原莞爾陸軍大臣が観覧される中でみっともない真似は到底もできなかった。普通はというべきか首相と閣僚、その他有力者たちは地下の要塞に避難している。市民も空襲警報を受けて防空壕などに退避した。石原莞爾だけは空中に居座る。
敵爆撃隊を生きて返さないと闘志を燃やすは我孫子基地所属の『極雷』と判明した。中島飛行機が開発を主導するが三菱や川崎など主要メーカーに加えて満州飛行機も参加している。普段は競争原理に則って切磋琢磨してもらうが、戦時中で悠長に待っている暇はなく、広報部が耳にタコができる程に訴える挙国一致を注ぎ込んだ。
「電探も快調です。そのまま行けば…」
「見えたぁ!」
「ありゃ新型爆撃機か」
「あいつはB-25ですよ。足は速くて胴体は堅くて至る所に機銃があります」
「それにしちゃ臆病者で撃って来ないぞ」
「きっと機銃を減らしてまで燃料を積みこんでいるんでしょう。これなら好機じゃないですかい」
「あぁ、絶好機だとも」
「お前らぁ! 突っ込めぇい!」
極雷の最たる特徴は電探の標準搭載だろう。天鳳のように大重量で大型の空対空電探は流石に無理だが、地上の電探基地と空中の早期警戒機の情報を基に飛行し、自前の小型で軽量な空対空電探で捜索を行えた。双発でエンジンが2つの発電量による稼働は不安定でも無いよりかはマシと言おう。
極雷は機首からニュッと出る機関砲を槍と突撃を敢行した。各員は精鋭の証と遠目から見る姿の形状からB-25と看破する。米軍爆撃機が機密に塗れようと諜報員の情報提供に最前線の偵察活動より少しずつ解きほぐした。全員が携帯する識別表に反映される。皆が頭の中に叩き込んで確認する手間を省略した。それどころか、各機の弱点も記憶する。如何なる状況下に置かれても最適の手を採ることができた。
B-25は米陸軍の誇る最新鋭の高速爆撃機であり、高速・堅牢・重武装の三拍子が揃い、ラバウルなど島嶼部の基地を襲っては無視できない。そんな爆撃機を空母に載せて飛ばした。米軍ひいては米国の底力を見せつけられる。
「三号爆弾発射ぁ!」
「タコ足爆弾を貰いな」
「榴散弾から逃れられるか」
極雷はB-25へ覆い被さるようにダイブする。機首機銃の射程圏内に入る前に秘密兵器を発射した。それは三号爆弾と呼ばれる空対空ロケット弾である。炸薬の代わりに黄燐を詰め込んだ。時限信管が作動すると周囲一帯に灼熱の焼夷弾をまき散らす。航空機は飛ぶためのエンジンに可燃性のガソリンを使用した。自機が火災に見舞われること以上の災厄は存在しない。
これに着目して空対空の焼夷爆弾を開発した。時限信管は各員の力量が問われて運も否めない。必ずや有効と限らず無用の長物と言われた。もっとも、三号爆弾が炸裂した際のタコ足のような光景は心理的な圧迫を加えられる。敵爆撃機のパイロットは反射的に回避を試みた。爆撃機は編隊の密集隊形による相互に守り合った時の集団的自衛権は強力無比を誇る。編隊が一寸でも崩れてしまえば貧弱な個別的自衛権に成り下がった。
「ワハハハハ! あんな貧弱で何ができるってんだ!」
「57mmの一発で主翼が折れるなんてヒョロヒョロじゃないか」
「こいつは一方的な狩りだな。爺さんに習ったことが活きるぜ」
「うちの30mmが黙っちゃいない」
B-25の編隊は一瞬にして崩れ去る。これを逃さずに機首機銃が火を噴いた。機首中央部の57mm機関砲1門と同上部20mm機関砲2門が解体作業に精を出す。57mmの一撃は圧倒的が似合う。対航空機用の徹甲榴弾はB-25の防弾を突き破ると内部の炸薬が破壊を与えて回った。主翼をぽっきりと折られて錐揉み状態に陥る。敵兵は脱出も許されずに大地へ放り投げ出された。20mm機関砲も主翼から胴体にかけて満遍なく穴を開けて着実にダメージを与える。
「敵機後方についた!」
「射撃開始」
ドドドドドドドドドッ
57mmに比べれば軽い音でも重々しい射撃音が支配した。極雷は重武装を極めて機体上部のやや後方(通信手兼機銃手の後方)に斜め機銃を装備する。B-17など重爆撃機の迎撃に効率を求め、海軍の中佐が斜め機銃という奇抜なアイディアを提示すると、物は試しで旧式化した双発機での試験を経て有効と判断した。普通は20mm機関砲を装備する。極雷に限って30mm機関砲を連装だった。機首の57mm機関砲と20mm機関砲に30mm斜め機銃は贅沢が不適当に思われる。
重武装と空対空電探など重量物のせいで規格外の大柄と大重量とならざるを得なかった。極雷の機動性は劣悪を極めている。格闘戦は教本から丸ごと削除された。高速を活かした一撃離脱攻撃と斜め機銃を活かした後方攻撃に絞る。あまりにもピーキーな性能をしているため、帝都防空隊の最精鋭組でなければ碌に動かせず、最前線に送られることは今後も一切もあり得なかった。
「脆いぞ。脆過ぎるな」
「きっと燃料を満載以上に積み込んでいる。装甲と機銃は下したのでしょうね」
「異国の地で死することを覚悟した。敵兵に最大の敬意を示す」
房総方面から侵入を図ったB-25の爆撃隊は一機たりとも逃げ切れない。
帝都の澄み切った空に大きな雷が轟いた。
続く
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