第53話 早期警戒線を強化

 石原莞爾陸軍大臣は突拍子もないことを言うことで知られていた。


「米軍は空母に高速爆撃機を載せ本土爆撃を敢行する。機動空襲どころじゃない」


「は、はぁ」


「閣下の慧眼が光ったぞ。早期警戒線を強化するんだ。なに? 今すぐに決まっているだろうが!」


 石原莞爾陸軍大臣が警鐘を鳴らすまでもない。陸軍と海軍は米軍による本土空襲の可能性を研究してきた。米本土から日本本土は太平洋を挟む都合で陸上爆撃機の直接的な爆撃は到底不可能である。しかし、日本海軍も整備してきた空母機動部隊の機動空襲は十分に可能と考えられ、開戦前から非合法的に潜水艦を派遣したり、北方海域の無人島に監視所を設けたり、米艦隊の動きを早期に察知する警戒線の建設に努めた。


 石原は米海軍の空母機動部隊の本土空襲こそ共通したが、空母の艦載機は艦載機でも米陸軍航空隊の高速爆撃機によるアウトレンジ攻撃を予言しており、空母艦載機に比べて重武装で重防御、航続距離も長い。敵本拠地の空襲には適するも不可能に限りなく近かった。空母から発艦するに高速爆撃機は重すぎる。空母の合成風力を以てしても不可能と判断されるところ、石原は米軍を侮るなと尤もらしい御託を並べて押し通し、太平洋の早期警戒線の強化を命じた。


「アリューシャン列島からウェーク、マーシャル、ギルバート、ラバウルで結んでいる。南方はともかく北方の警戒は薄くならざるを得ない。ここは海軍の潜水艦が展開しても必ずや限界が存在した」


「どうしても本土から程近いところで哨戒網を構築することが精一杯である」


「そうなんだなぁ」


「一応は民間徴用船舶を使った黒潮部隊がいます…」


「あんなもので早期発見を図るとはね。海軍は表面だけは立派で中身はスカスカじゃないか」


 早期警戒線は表向きこそ幾重にも敷かれているが、実際は穴だらけのザルも同然が否めず、石原が自前の兵隊を動員してまで充実化に努めている。第一線は潜水艦を主とする警戒線であり、自慢の隠密性で敵艦隊を追跡できるが、如何せん鈍足が足を引っ張った。敵艦隊を捕捉しても振り切られることが多い。敵艦隊発見の第一報を発することに専念した。


 第二線は黒潮部隊を筆頭に民間徴用船舶の哨戒部隊らしい。海軍が大型漁船などを徴用して必要最低限の通信設備を施した簡易的な哨戒艇を運用した。あくまでも、民間の漁船のため、戦闘力は皆無な上に長期間の行動に適さず、臨時雇用の民間人を成績の悪い兵士が統率する。あまりの環境に苦言を呈さざるを得なかった。最近は老齢の練習艦を引っ張り出して旗艦兼母艦と拵えて交代制を敷いて改善を図っている。


 第三線は本土と離島を拠点にする基地航空隊だ。海軍の長距離偵察機や艦上攻撃機、旧式化した陸上攻撃機、飛行艇が飛び回る。航空機は何よりも高速なので振り切られることは少なく、敵機や対空砲火に撃にされるまでは延々と張り付き、敵艦隊の詳細な位置を暴露し続けた。陸軍も司令部偵察機や旧式の高速爆撃機を飛ばして海軍におんぶにだっこを排除する。


「電探搭載機を出すんだ。出し惜しみは負けを手繰り寄せる」


「虎の子が過ぎて不安定でありますが…」


「無いよりかはマシであろう。閣下の命に従えんと言うのか?」


「滅相もございません」


「今すぐにでもご用意します」


「それでよい」


 鶴の一声ならぬ石原莞爾の一言だ。早期警戒線に虎の子の電探搭載機が投入されることが決まる。石原莞爾の命とあらば拒むことは許されなかった。航空機を担当する者は未熟であることを理由に難渋を示す。あっという間に蹴散らされた。確実性を重視することは否定しないが、戦争中に出し惜しみしては負けを手繰り寄せるだけであり、両者の意見は正論と言えるから難しい。


「満州飛行機の天鳳があればな…」


 海軍の黒潮部隊は頼りにならんと自力で早期警戒の強化を開始した。


~数日後~


「眼下に見えるは人の黒潮です」


「電探に映りませんね。これではいけません」


「軽口を叩いていられるのも今の内だぞ。敵さんが来たら落とされることを覚悟で追跡し続ける。何のための対艦電探かを考えろ」


 巨人機が遠洋漁業に従事する黒潮部隊を眼下に悠々と飛行している。その巨人機の名は『天鳳』と勇ましい割に長距離偵察機の役割を与えられた。日本陸軍は戦略偵察機の重要性をいち早く理解すると、石原莞爾のゴリ押しこと強硬策が追い風になり、拡充に次ぐ拡充が図られて多種多様な偵察機が開発される。これに電子戦重視が融合して早期警戒機の思想が誕生した。空対空電探と空対艦電探を装備した大型機の開発が始まる。


 大型輸送機を基に満州飛行機の天鳳が登場した。本機はドイツ製Fw-200を素体にアメリカ製DC-4のエッセンスを加えている。Fw-200は民間旅客機としても軍用輸送機としても成功を収めた優秀機と評した。アメリカ製の電動機構などをアクセントに追加することで完成度を高める。現地の飛行場次第だが仕様変更により即席の重爆撃機に早変わりした。


 エンジンは中島製空冷複列14気筒の『護』を採用する。これは火星並みの1800馬力を発揮するが、比較的に小型と軽量が強みであり、陸軍と海軍は航空機に広く採用した。さらに、イギリス製をデッドコピーからリバースエンジニアリングした二段二速過給機を付けることで高高度性能も確保できる。今回は低高度を飛行する哨戒任務のため宝の持ち腐れとなってしまった。乗組員たちは高性能の無駄遣いと不満を露わにする。


「どんな調子だ。漁船が見つからんのは仕方ないと割り切れる」


「今のところ不調は見られません」


「電気には弱いのですが区画単位で取り換えれば良いので楽です」


「チマチマ修理するならゴッソリ交換してしまえ」


「なんと荒々しいが、まぁ、合理的と言えば合理的か」


「アメリカかイギリスが考案したとかどうとか」


「ちゃんと動いてくれさえすればどうだってよい」


 天鳳は大馬力エンジンによる発電量の余裕を大飯食らいの電探に充当した。双発の陸上攻撃機と高速爆撃機は発電量の不足から満足に運用できない。四発機の大馬力エンジンでようやく稼働する程で評判は芳しくなかった。肉眼の数十倍の範囲で見通すことのできる能力は軽視できない。


 電探はすぐに故障を起こすことで電探手だけでなく専任の整備員も悩ませた。あまりの頻発に頭を抱える。軍は非効率的に見えて実は効率的な手段で解決した。電探を構成する部品の集合に一つずつ区画を設定する。電探が故障した時は整備員がマニュアルのフローチャートに従って原因を特定した。彼は該当の区画を丸ごと新品に交換することで面倒な作業を省略している。真面目に原因を特定しようと試みれば配線の一本から一本まで目を凝らす面倒が積み重なった。配線の区画を丸ごと取り換えることは一見して無駄が多そうであるが作業を省略する利点が勝る。なお、フローチャートはシンガポール要塞制圧時にイギリス軍のレーダーに関する説明書を模倣した。


「アンテナを出さない。こいつは画期的ですよ」


「理系の研究者が頑張った賜物である」


「アンテナは折れそうで繊細が邪魔ですわ」


 天鳳のレーダーは旧態依然とした八木・宇田アンテナを持たない。石原莞爾の投資が功を奏したレドームのアンテナ(又の名をパラボラアンテナ)を内蔵した。アンテナは機体から露出しなければならない。大きな空気抵抗を呼ぶ以前に強度の問題が生じた。航空機の最大の敵は空気抵抗である。八木博士と宇田博士の発明は万能でないことが証明された。


「おん?」


「なんだ。また壊れたか。これじゃ予備部品が幾つあっても足りないぞ」


「いえ…」


「嘘は要らんからな」


 電探手は画面を注視したが故障を疑う声に包み込まれる。電探の信頼性は未だに低いために反応が出ると一番に誤認を疑った。今だけは違うらしい。電探手は眉をひそめるも即座に大きな声で告げた。


「敵艦隊の反応あり!」


「ついに来たかぁ!」


続く

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