第55話 石原=マッカーサー会談
ダグラス・マッカーサーは石原莞爾と歴史的な対面を果たした。
「お前が石原莞爾か。英語は話せるのかね?」
「日本語をちょっぴり話せるぐらいだ」
「…」
マッカーサーの側方と後方に小柄ながら屈強な兵士が立つ。誰よりも石原莞爾に忠誠を誓う兵士なだけはあり、マッカーサーという大将軍に好き勝手を許さず、主を馬鹿にするような挑発に怒気を滲ませた。当の本人は意に介さないどころか見事なジャパニーズ・ジョークでカウンターを決める。これにはマッカーサーも渋い顔を強いられた。
マッカーサーは計画通りにフィリピンから脱出を図る。夜間にコレヒドール要塞から魚雷艇(PTボート)でミンダナオ島に向かった。ミンダナオ島の仮設飛行場にB-17が待機している。一気にオーストラリアまで向かう予定も砂浜で頓挫した。砂浜に回収地点を示す篝火が焚かれている。砂浜を踏みしめた途端に護衛の兵士は射殺された。迎えの兵士と思った男たちはアジア人と見える。あれよあれよと捕縛されていき彼は不名誉な捕虜に落とされた。
フィリピンからは日本軍の輸送機で日本の大地を踏みしめる。強制収容所に投獄を覚悟した。全くの真逆で高待遇を受ける。24時間の365日で厳重な監視下に置かれる軟禁状態と雖も一定程度の自由は認められた。尋問も必要最低限で物理的な痛みは伴わない。
「マッカーサー元帥の孤軍奮闘には最大の賛辞を送らせていただきたい。コレヒドール要塞の籠城戦は見事と認めた。あいにく、我々が勝利したがね」
「フィリピンはくれてやろう。いつか偉大なアメリカの鉄槌が下る」
「植民地支配を続けておいてよく言う。何がパクスアメリカーナだ」
「東洋のイエローモンキーがっ!」
「黄色い猿とはいただけない。栄養失調で色素が足りていないのか? 献立を充実化させるよう」
(なんて男だ。こいつは噂通りの狂人だぞ)
フィリピンはつい最近に陥落したばかり、米軍守備隊は一人でも多くの将兵を生き長らえさせるため、日本軍に名誉ある降伏を申し入れた。日本軍の司令官である本間中将は米軍の奮闘を称える。フィリピンは大日本の東亜連邦に組み入れられた。ケソン大統領は失踪して閣僚は漏れなく逮捕される。日本軍の息のかかった親日派勢力の出身者による現地政府が椅子に座った。
マッカーサーの脱出直前に降伏の申し入れは決定されている。マッカーサーを逃がしてから降伏する方針に固まった。マッカーサーが無事に脱出すれば安心して降伏できる。バターン半島とコレヒドール要塞に立て籠もる数十万の将校は遂に白旗を上げた。日本軍は徹底的な武装解除を経て外国籍の民間船を接収して拵えた特設輸送船で各地の収容所に送る。バターン死の行軍は行われなかった。米兵捕虜は選別を受けて鉄道敷設や宿舎建設などの雑務に追われる。
彼だけが規定を外れた好待遇を受けることは不幸中の幸いかもしれなかった。石原莞爾の命でアメリカンな食事に限らず、ビリヤードに興じる自由時間まで設けられ、懐柔を画策しているのではないかと疑わざるを得ない。そうして遂に対面の場を提供された。
「米国政府から申し出があれば潔く返す。相応の代償は払わせるが」
「何を求める」
「日系人の即時解放だ。いくら日系人でも不当な拘束に拘留は認められない。今すぐにでも解放してもらいたい」
「ふざけるな! そんなことをすればアメリカは忽ち混乱に塗れる!」
「自由の国が聞いて呆れる。何よりも不当を嫌う国が」
「自由とは責任の下に置かれる。君たちのように無茶苦茶の中に存在しない」
「それは光栄でしょう。マッカーサーが我々を認めたと宣伝しよう」
マッカーサーを待たせるように登場した男は小柄な日本人だが王者の覇気に溢れる。この男が満州から中華を支配して日本の舵取りまで担った。陸軍大臣の立場ながら全方面に影響力を発揮する。偉大なアメリカに限らない欧米諸国が日本という東洋の小国に過ぎない島国の男一人に翻弄された。
「私を捕縛したことも貴様の差し金か。私を交渉の材料にするつもりだが大統領は屈しない」
「別にルーズベルト大統領のことは見ていない。大統領は体調に優れないのだろう?」
「!?」
「私の情報網を侮られては困る。日系人の解放はそういうことだ。その前にあなたが捕まったことは新聞に掲載されている。いくら情報統制を敷こうと構わない。ユダヤ系の新聞記者と知り合いでね」
マッカーサーが日本軍の捕虜となったことは既に大スクープと報じられる。アメリカはご存知の通りで自由の代表格だ。自由が一定の制限の下にあることを誇示するが如くである。日米開戦後は徹底的な情報統制を敷いた。フィリピンの戦いに関してもマッカーサーの孤軍奮闘を称える。日本軍司令官のホンマはハラキリを図ったと嘘を流した。ヒラヌマなんて存在しない架空の軍艦の撃沈まで報じる。これらを覆い尽くすようにユダヤ系の新聞がマッカーサーの捕縛を大々的に伝えた。米国政府は懸命に揉み消しの消火活動に努める。マッカーサーの捕縛は衝撃を以て受け止められた。フィリピンの善戦は何だったのかと不満が募る。
「貴官のことは十分に尊重しているが、私も戦争に勝たねばならないため、合衆国大統領の一声で処遇は決まった。なにも今すぐにハワイから出て行けとは言わない。不当に拘束している日本人及び日系人を解放せよと言っているだけだ」
「私だけで釣り合うものか」
「もちろん、ダグラス・マッカーサーに加えて米兵捕虜、中立国の市民も交換する。日米交換船はしっかりと続けている。貴官が政界進出を狙うならばだ。英雄的な凱旋帰国が好ましいでは?」
「なぜ…知っている」
「私は底が知れないことで有名なのです」
いつまでもマッカーサーを留置することは食料と時間、兵士などをいたずらに消費した。末端の兵士は労働に従事させて使い潰すが、最高位の将校は取り扱いに困ってしまい、敵国との交渉の材料に充当するが吉だった。交渉で優位を引き出すと早々に返した方が色々と好ましい。石原莞爾は非公式の会談で「日本人・日系人の即時解放」を要求した。米国は本国とハワイやグアム、フィリピンなどに残った日本人と日系人を片っ端から強制収容所に送る。過酷な労働が課せられてアジア人差別どころでないと聞いた。
アメリカの大地に日本人と日系人を解放した途端に数万の諜報員がばら撒かれる。現に多種多様な諜報員が展開した。東亜連邦と連合国は熾烈な諜報戦を繰り広げる。日本人と日系人が加われば一気に形勢は傾きかねない。現に風船宣伝兵器の扇動に乗った者が暴動を起こしたり、艦隊の動きを諜報員に情報提供したり、等々の悪影響が存在した。とても呑み込める要求でない。マッカーサーを取り戻せないこともアメリカの威信に関わった。
マッカーサー個人も将来的な政界進出を見据えている。彼は虜囚の身ながら英雄的な帰国を画策した。現職であるルーズベルト大統領の体調不良より次期大統領の座を射程圏内に収める。仮に倒れた際は副大統領が臨時的な措置でスライド就任した。その後の正式な大統領選挙に名乗りを上げよう。
「今すぐに決めろとは言いません。私と話したい時は監視の兵に言うと良い。あとは政府の人間に任せる」
「イシハラ…カンジ」
「…」
「お前は悪魔だ」
「悪魔とは貴官が最も似合う言葉です。市民の無差別攻撃を誘引した。我々は解放者である」
蒼い目がキッと睨む先に石原莞爾がいた。
淀んだ目がジトっと見る先にダグラス・マッカーサーがいる。
両者の激突は始まったばかりだ。
続く
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